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【300文字小説】

第22回受賞作

 第22回300文字小説賞の最優秀賞1点と優秀賞3点が決まりました。各賞は、昨年11月からことし4月までに寄せられ、入選作として掲載された72点から選ばれました。この間の投稿数は2133件でした。作品は、中日新聞・東京新聞のホームページで読むことができます。各受賞作と作者は次の通り。 (敬称略)

【最優秀賞】(賞金3万円、トロフィー)

▽「ゆとり世代」愛知県江南市・大学生・齊木萌(めぐみ)(21)=2018年3月11日掲載

【優秀賞】(賞金1万円、トロフィー)

▽「秋思譜」千葉県市川市・無職・金澤文教(89)=2017年11月19日掲載

▽「未練」浜松市東区・無職・渡瀬善勝(74)=2018年2月4日掲載

▽「レッドデータ」名古屋市緑区・柔道整復師・鈴木千津(46)=同4月1日掲載

イラスト・瀬崎修

写真

<最優秀賞>ゆとり世代 齊木萌

「まったくもう、君ってやつは」

 「はぁ」

 「今は耳が痛いかもしれないが、良薬は口に苦しと言ってだな…」

 「お言葉ですが、先輩」

 「なんだ?」

 「最近は、良い薬でも苦くないと思うんですよ。昔からオブラートとかはあったんでしょうけど、今は錠剤が砂糖でコーティングされていたり、薬を飲みやすくするゼリーなんかもあるじゃないですか。あれって、けっこう甘いんですよ。むしろ、僕にはおいしく感じるくらいです」

 「何が言いたいんだ?」

 「だから、先輩のお小言も、オブラートとか、ゼリーに包んでくれませんかね。僕、意外とガラスのハートの持ち主なんで。今は、良薬も甘い、おいしいってことで。じゃ、よろしく頼みます」

(愛知県江南市・大学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>秋思譜 金澤文教

 葉っぱを拾うと、手帳に挟み、押し葉にする習癖がある。四十年も前のことなのに、記憶に留めている一葉がある。

 隅田公園を牛島様から歩き、三囲(みめぐり)神社に着くころには、大川からの夕風がひんやりし始めてきた。

 鳥居を潜(くぐ)ると、左手の大銀杏(おおいちょう)が黄色に葉を染め、二人を迎えてくれる。

 ほとんど言葉も交わさず歩いてきた二人は、大銀杏を見上げて同時に口を開いた。

 「きれい」、「きれいだ」と。

 「金色の小さき鳥の形して…与謝野晶子の歌だったっけ」と呟(つぶや)くと、連れは「…銀杏散るなり夕日の丘に」と応える。

 そのとき、銀杏の葉が一枚、連れの頭に散ってきた。そっとその葉を摘まみ、ポケットから手帳を取り出して挟んだ。

 女の髪の匂いが、かすかにした。

 (千葉県市川市・無職・88歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>未練 渡瀬善勝

 「お疲れ様でした」の言葉を贈られて定年退職した。

 一抹の寂寥感(せきりょうかん)は地域で新たな人間関係を構築することによって解消できるだろう。

 愛着があるのは、職場で長年使用してきた机と椅子なのだ。

 机の高さ、天板や引き出しのサイズ、段数をメモした。同じものが簡単に手に入りそうだ。

 肘掛け、キャスターつきの、一部塗装がはがれサビの浮いた椅子が問題だ。

 背当ての角度や座面についた凹(へこ)みは身体にしっくり馴染(なじ)んでいて、毎日長時間座っていても疲れを感じたことがない。

 「廃棄の手間が省けるので喜んで差し上げます」は分かっていたけれど、衆人環視の中とても言い出せなかった。

 あれから十余年、どの椅子もしっくりしない。未練が残っている。

 (浜松市東区・無職・74歳)

◇ ◇ ◇ ◇

<優秀賞>レッドデータ 鈴木千津

 会議室に集まった面々は、みな沈痛な面持ちだった。

 「人気はあったんですよ、でも…」。悔しそうにフィルムカメラが言った。「昔は行列ができたものだったのに、今じゃ…」。公衆電話が寂しげに呟(つぶや)く。

 郵便ポストが諦め顔を向けた。「時代の流れとは言え、免許証さん、あなたまでが?」

 運転免許証が投げやりな口調で答えた。「あっという間に自動運転の世の中だよ。誰も運転なんてしやしない」

 その時ノックの音がして、遠慮がちにドアが開いた。そこには人間が立っていた。

 「人間? 何の用です」

 「ここに行けと指示されたんです。AIってやつに」

 一同はため息ともうめき声ともつかない音を立てた。人間よ、おまえもか。

 (名古屋市緑区・柔道整復師・46歳)

◇ ◇ ◇ ◇

◆喜びの声

 良薬も口に苦くなくなった時代を生きる若い世代を書いた齊木萌さんの『ゆとり世代』。看護学の「服薬ゼリー」から思いついた題材。養護学も学ぶ四年生。応募を忘れて、「ゼミの先生に掲載を言われるまで気付かなかった」。「大変だけどやりがいのある仕事」と張り切って就活中だ。

 東京・隅田川辺りの公園を連れ合いと歩きながら、大銀杏(いちょう)を見上げ、ふと与謝野晶子の歌を思い出す『秋思譜』の金澤文教さん。中学の教員を退職して四十年。文章教室で指導していた。「これまでの記念に良い賞をもらってありがたい」と感謝していた。

 定年退職して心に残るのは、職場で長年親しみ、しっくりなじんでいた机と椅子。その思いを表現した渡瀬善勝さんの『未練』。「多少の脚色を除けば実話です。採否にかかわらず作品には愛着があり、百編を連ねた『300文字小説自叙伝』となるまで投稿を続けたいです」

 かつて時代の先端だったものがすたれていく。ついには人間までもが…と未来の恐怖を書いた『レッドデータ』の鈴木千津さん。病院の整形外科でリハビリを担当している。患者さんの話から思いついた。「体を使うけど、感謝される仕事なので長時間でもありがたいと思ってやっています」

 【評】さまざまな年代、さまざまな立場の作者からお寄せいただく300文字小説は、まことに多彩。時代の流れを、それぞれの視点で切り取り、表現した、独自性あふれる候補作がそろいました。

 最優秀賞に輝いたのは、齊木萌さんの「ゆとり世代」。軽妙な会話文で上司と部下のジェネレーションギャップを浮き彫りにする構成。大学生作家のシャープな着眼が光ります。

 続いて優秀賞。渋い演出、浪漫チックな詩情で文句なしの評価を集めたのが、金澤文教さんの「秋思譜」。さらに、退職後の切実なこだわりをつづった、渡瀬善勝さんの「未練」。文明の行く末をシニカルに描いた近未来寓話(ぐうわ)、鈴木千津さんの「レッドデータ」。以上三篇(ぺん)が選ばれました。

 他に、心温まる子育て報告、塙遼香さん「午前4時の幸福」…色彩とオノマトペの連発が痛快な宮尾美明さんの「いつの間にか」…など、印象深い秀作が選考会を盛り上げました。

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