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【300文字小説】

レトロ 吉田さをり

イラスト・瀬崎修

写真

 祖父の趣味はカメラです。被写体は植物ばかりで、今はゴーヤーに夢中です。

 使っているのはデジタルカメラではなく、昔のフィルムカメラ。

 「この味わいが好きだ」と祖父は言い、写真を見ると、ものすごく昔に撮ったものに見えました。

 人間だったら、どんな風に写るのかしら?

 とても興味がわいてきたので、「ねえ、じいちゃん、ばあちゃんとってみて」と注文。

 「えっ、なんでばあさんを?」

 「お願い」

 「どうなっても知らんぞ」

 しぶる祖父に照れる祖母。

 現像されるまで私はワクワクしていました。

 (愛知県瀬戸市・主婦・57歳)

◇ ◇ ◇ ◇

違和感 大西あけ美

 二〇二〇年四月東京ドーム、プロ野球開幕戦。

 「プレーボール」

 試合開始の合図が大音量のスピーカーから球場内に響き渡る。いよいよ試合開始。

 投手が第一球を投じる。

 「ストライーク」

 糸を引くような快速球がコーナーいっぱいに決まり、またまた球場内にスピーカーからの大音量が響き渡る。

 「久しぶりにプロ野球見に来たんだけど、なんだか雰囲気が変わりましたね」

 「リクエスト制度なんてルールができてから、球場のあちらこちらにカメラとセンサーが設置され、ならば最初からカメラとコンピューターに判定してもらえ、ということになったんだ」

 「そうか、なんか寒い感じがすると思ったら、審判が一人もグラウンドにいないわ」

 (浜松市中区・主婦・54歳)

◇ ◇ ◇ ◇

遠距離同窓会 佐藤正彰

 ラインの着信音が鳴った。

 他県に住む同郷の幼なじみが、恩師を思い出し、発信してきた。

 今は無き分校の思い出を、仲間が互いに、意の赴くままにトークする。

 当時新婚だった恩師の事、授業態度が悪いとチョークを投げられた事から、懐かしい秋祭り、新聞配達時のエピソード、川での魚採りなどと、話題は多岐にわたりタイムスリップする。

 文字入力に時間がかかり、遅れて表示される者もいて、話題が前後し、入り乱れる。

 会話の記録は画面に残り、酒が無くても盛り上がる。

 遠くにいながら同窓会ができる、便利な不思議な体験。

 話題が一段落すると、閉会を宣言するでもなく、スマホは静かになっていた。

 (岐阜県郡上市・農業・70歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 現像という一手間を経てフィルムから印画紙に焼き付けられる、吉田さをりさんの「レトロ」。独特の味わいは魅力ですが、この場合、どんな効果が表れるか、いささか不安。

 スポーツの世界で導入が相次ぐビデオ判定。その未来図を巡って、大西あけ美さんの「違和感」。不服があっても、ぶつける相手がいなくなり、監督も選手も拍子抜けするのでは。

 スマホひとつで日本中いや世界中の知り合いとコミュニケーションが取り合える時代に、佐藤正彰さんの「遠距離同窓会」。かえって、リアルの同窓会を呼びかけたくなりませんか?

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