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【300文字小説】

香港ナイト 真田望

イラスト・瀬崎修

写真

 香港の夜は格別だった。

 弾むような広東語で威勢よく話す人びとが行きかう。

 生ぬるい風にも異国を感じて、大きく息を吸いこんだ。

 「これが有名な夜景なのね」

 きれい! 来てよかったわ、ほんとうに。

 なんて素敵(すてき)な夜。

 「ハイッ、動かない!」

 急に夫の号令がかかった。

 そして、私の頭にカメラをのせ、シャッターを切りはじめる。

 直立不動で三脚役をつとめながら、さっきのロマンチックが、ぶっ飛んで消えてゆくのが見えた。

 (横浜市泉区・主婦・59歳)

◇ ◇ ◇ ◇

ファーストコンタクト 山口淳子

 民家の庭先に不時着した宇宙船から、異星人が這(は)い出してきた。

 みどり色の体。

 だが、姿かたちや大きさは、人類によく似ているようだ。

 怪我(けが)をしている様子はない。

 口と覚しき器官がうごめく。

 そこから、つぶやくような音とともに、粘度のある透明な液体を滴らせている。

 「フゴー、アバアバシュルル…」

 異星人は庭の反対側にいたこの家の住民の方へ、じりじりと、じりじりと近づく。

 そして、ふたつの個体は、互いに意味不明の声を発しつつ、よだれを垂らしながら、ハイハイですれ違った。

 生まれて間もない赤ちゃんどうし。他者の存在には、まだ関心が薄いのだった。

 (富山市・主婦・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

夏のうたたね 川崎香保里

 夏の夜、三つ敷いた布団の上をゴロゴロ転がりながら、子ども達が眠れないと騒いでいる。

 「お話ししてよ」と娘が言うので、即席で作った詩を口ずさむ。

 「海にクジラが潜ってる。土にモグラが潜ってる。雲に小鳥が潜ってる。ぼくは布団に潜ってる」

 すると、娘も息子も口をそろえて「だけど、ちっとも眠れない」と歌い出す。

 「うーん」と唸(うな)る私。ゴロゴロ転がる二人を眺めながら、考えること暫(しば)し。

 「波にトビウオはねている。森にウサギがはねている。傘に雨粒はねている。ぼくの体はねているが、心は夢ではねている」

 そう言ってから二人とも静かになっていることに気づく。

 まぶたはやわらかく閉じている。どうやら眠りの国に無事辿(たど)り着いたようだ。

 (愛知県高浜市・主婦・39歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 世界屈指の夜景として観光客に人気なのが、真田望さんの「香港ナイト」。きらびやかな光の海を前に、二人で旅の気分を満喫するはずでしたが、こんな役目が待っていました。

 異星人との最初の接触はSFの古典的テーマ、山口淳子さん「ファーストコンタクト」。宇宙戦争がはじまるかと思いきや、無邪気な存在どうし、庭先で平和にすれ違い。

 寝苦しい夜に、お母さんの軽妙な即興詩、川崎香保里さん「夏のうたたね」。まだまだ続きをオネダリしたくなる面白さ。お子さんたちは、夢の国で新しい詩想を練っているかも。

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