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【300文字小説】

夜空を眺めて 中道麻理

イラスト・瀬崎修

写真

 小学校の頃、母親と二人で夜空を見上げ、オリオン座を探した。星は、一つ一つ眺めると綺麗(きれい)だが、星座として見ると、その大きさに、自分が飲み込まれてしまいそうで、とても恐(こわ)かった。

 それから時が経(た)ち、子育てに追われ、ゆっくり夜空を見上げる暇もなく過ごしていたのだが、子供が星座を勉強してきたのを機に、子供と一緒に夜空を眺めることにした。オリオン座の壮大さは変わらない。やはり恐怖で身震いした。

 今まで強い母親を演じてきた私。久しぶりに子供の頃と同じ恐怖を感じたせいか、しばらく、自分が母親であることを忘れた。無邪気な子供の頃に戻った感覚がして、ふっと肩の力が抜けたのだった。

 (名古屋市天白区・主婦・40歳)

◇ ◇ ◇ ◇

カエル 山本正美

 蒸し暑い夏の朝。セミの大合唱に起こされ、窓を開けると朝日が目に染みた。

 軒に吊(つる)した風鈴に緑色のカエルが乗っている。目が合うと、声が聞こえた。

 「お前、いつまで寝てるんだ」

 目を擦(こす)って周りを見たが誰もいない。空耳か? それにしても、このカエル、どうやって風鈴に乗ったんだ?

 「おい!」また声が聞こえた。「お前、最近、飲み過ぎてないか」

 え? 確かに、この前の健康診断で肝臓の数値が悪かったな…そう思い返したら、カエルが言った。

 「飲み過ぎて身体を壊して嫁に苦労をかけたらいかんぞ」

 酒飲みの親父(おやじ)のようにはならないから心配するな…と心の中でつぶやくと、カエルがニヤリと笑いながら「俺だよ」と言った。

 (愛知県知多市・無職・65歳)

◇ ◇ ◇ ◇

紙風船 松森礼子

 折り紙の風船を、木の枝にぶらさげた。

 こんなことをしてみても、枯れたものが生き返るわけではない。

 しかし、夕方、「あっ!」と叫ぶ声がして、小さな手が空を指さしていた。

 今時、喜んでくれる子もいるのだった。

 翌日から、赤、青、金、銀…次々と下げてみた。「あっ!」という声が増えてゆく。

 しかし、紐(ひも)が切れたり、紙が破れたり、修復作業も増えてゆくのだ。

 「もっと、大きいのはないの」

 「もっと、たくさん見たいな」

 小さな子らが、侮れない。

 枝は下から埋まってゆき、残すところは天辺だけ。見上げると、金色の星が静かに見下ろしている。

 この夏は、ここまでにしよう。

 落っこちたら、おしまいだもの。

 (川崎市中原区・無職・65歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 壮大な星座と母子で向き合う、中道麻理さんの「夜空を眺めて」。時を隔ててよみがえった身震いするほどの感動が、自分を見つめ直すいいきっかけになったようです。

 どこからやってきたのか、山本正美さんの「カエル」。この時期ならではの不思議な出来事というべきでしょうか。目と目が合って、聞こえてきたのは、懐かしいお小言でした。

 これは素敵(すてき)な思いつきです、松森礼子さんの「紙風船」。日々いろどりを増していく手作りの光景に、道行く子どもたちも大注目。秋には、どんな工夫で楽しみましょうか?

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