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【300文字小説】

朝 小沼敏男

イラスト・瀬崎修

写真

 朝は良い、さわやかだ。

 実に、すがすがしい。

 どうだ見てくれ、みずみずしいだろう。健康美だ、清廉だろう。

 朝は元気が良い、朝型が良い。

 同僚には、昼型も夜型もいるが、まあ、それはそれで良い。

 つるべ取られたって、朝なのに行燈(あんどん)型だって、まあ、それも良い。

 朝だ、愚痴は良くない。執着しないことだ。

 要は、一本どっこだって、網だって、なんだったって、頼れるものがあれば、絡まんぼうが俺流だ。

 朝顔は気合を入れて、赤、青、紫の花を咲かせるのでした。おわり

 (埼玉県杉戸町・無職・77歳)

◇ ◇ ◇ ◇

夏の月 田淵羽音

 ピアノ教室からの帰り、私は母と家までの道を歩いていた。

 もうすっかり暗くなり、ポツポツと街灯や建物の灯(あか)りが光っている。

 ふと空を見上げると、さっきまで隠れていた月が顔を出していた。LEDと違い、ぼんやりとした明るさだが、それがとても優しく見える。

 普段、月をまじまじと見ることもないが、夏の月も案外よいものだ。

 「月が綺麗(きれい)だね」

 私は隣を歩いている母に声を掛けた。母は少し戸惑った様子を見せた。

 しばらくすると母は、「少し考えさせて下(くだ)さい」と真顔で答えた。

 月の美しさについて語ったが、夏目漱石を持ち出されるとは思いもよらず、二人で大笑いした。

 心の中で私は「お母さん大好きだよ」と呟(つぶや)いた。

 (東京都板橋区・中学生・12歳)

◇ ◇ ◇ ◇

パッキンアイス 長野佑哉

 「パッキンアイスを買ってこい」と、おじいちゃんに千円札を渡された。

 初めてのおつかいだった。

 近くの駄菓子屋まで、ほぼ一本道。車の通りもなく、簡単なおつかいだ。

 おばちゃんに、パッキンと折る氷菓子を二つ、手に持たせてもらう。お釣りはポケットへ。

 僕はアイスが溶けないように、だけどお金は落とさないように、急いで帰った。

 アイスを見て、おじいちゃんは少しがっかりした顔をした。

 おじいちゃんの言うパッキンアイスとはモナカのことだと、母から聞いて知った。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 「まぁいい、釣りはやる」と渡されたお金で、今度こそモナカを買ってあげようと思った…

 …ということを思い出す。夏が来るたびに。

 (岡山市北区・学生・21歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 一日のはじまりは元気はつらつ、小沼敏男さんの「朝」。思わず深呼吸したくなる爽快な空気感。威勢のいい言葉のつるべ打ちで、色とりどりの花弁が一斉に開きました。

 母と二人で見上げた、田淵羽音さんの「夏の月」。英語教師時代の漱石が、I love youを“月が綺麗(きれい)ですね”と意訳してみせたという伝説(?)を共有して、一緒に盛り上がりました。

 暑い夏はコレに限ります、長野佑哉さんの「パッキンアイス」。はじめてのおつかいは大成功のはずなのに、おじいちゃんは不満顔。でも、とっておきの思い出が残りましたね。

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