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【300文字小説】

暑さ負け 上野由美

イラスト・瀬崎修

写真

 連日の猛暑! 暑くない日もボケているのに、この暑さで、なおさらボケが酷(ひど)い。

 今見ていたテレビのリモコンが見当たらない。チャンネルを変えようと思ったが無いのだ。

 ではメールでもしようかと思ったが、スマホも無い。えー、どうしよう。

 固定電話からスマホにかけてみても反応無し。しまった! 昨日マンションの総会があってマナーモードにしたままだった。

 前にベッドの壁際に落ちたことがあったので、そこを探すが、綿ゴミだらけでスマホは無い。

 綿ゴミが気になり、掃除を始めた。とりあえずきれいになって居間に戻ると、スマホは新聞に隠れてテーブルの上。リモコンは椅子の上。

 (東京都文京区・無職・75歳)

◇ ◇ ◇ ◇

来訪者 内山植恵

 いつも聞こえない振りか、返事をしないか、どちらかだ。

 それでも構わず、情報は与え続ける。

 こちらは、もう慣れっこだ。

 聞きたくないのは分かっている。心情も十分理解できる。

 ビジネスで必要な報・連・相…報告・連絡・相談など全く関係ないのだ。

 一方通行を今まで何年も許してきた。でも、もう限界だ。

 これ以上、逃げられない。

 明日に迫っているのだ。こちらの準備は、もうとっくにできている。

 さあ、覚悟してください。

 後は、あなたが受け入れるだけなのです。

 「明日の午後三時に、娘の彼が結婚の承諾をもらいに来ますよ、お父さん!」

 (名古屋市千種区・主婦・64歳)

◇ ◇ ◇ ◇

とある夏の日 内藤悠

 ちりんと何処(どこ)からか涼しげな風鈴の音がする。

 「ね、どうどう? 似合う?」

 姿鏡の前で、くるんと一回転。

 鏡の中で私の肩に手を置いた母が、満足そうに、にっこりと笑った。

 「似合う似合う。可愛(かわい)いわよ。私のお古だからどうかと思ったんだけど」

 薄紫色の生地に白い小花が散(ち)りばめられた浴衣。帯は鮮やかな黄色だ。

 「着付けありがと! お母さん」

 「はいはい、気をつけて行ってらっしゃい」

 縁側からそのまま庭に降りて、下駄を履く。

 待ち合わせ場所は、花火会場の近くの公園だ。

 「走ったら駄目よ! あんた、すぐ転ぶんだから」

 「はいはーい。行ってきまーす!」

 母の声を背に駆け出す。

 ちりんと何処からか涼しげな風鈴の音がした。

 (愛知県豊田市・学生・18歳)

◇ ◇ ◇ ◇

 この夏、多くの方が体験したに違いありません、上野由美さんの「暑さ負け」。ここはオーバーヒートした頭をいったん冷やし、落ち着いて身の回りを見渡すのが正解でした。

 夫婦の意思疎通に危機? 内山植恵さんの「来訪者」。何を言っても反応しない夫に、今日こそ、どうしても伝えなくてはならない用件がありました。すべての原因は、その一点に。

 風鈴の音ふたつをフレームに使い、夏休みの思い出を軽やかにスケッチした、内藤悠さんの「とある夏の日」。行間のあちこちから、浮き浮き気分が花火のように弾けています。

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