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【政治】

83年の中曽根首相初訪問時 米、安保資金負担を要請 外交文書公開

 外務省は十二日、外交文書二十四冊を一般公開した。一九八三年一月の中曽根康弘首相の初訪米時に、米側から安全保障分野での資金負担を強く要請され、前向きに応じていたことが分かった。中曽根氏が冷戦下において、西側陣営の一員として同盟強化に積極貢献しようとしていた姿も確認された。本紙は十三日付朝刊で、今回公開された外交文書を詳報する。

 八三年一月十九日発信の極秘公電によると、中曽根氏は米ワシントンで十八日にシュルツ国務長官と会談。シュルツ氏は内戦中のレバノンに派遣された米国やフランスなどによる多国籍軍への資金提供を要請した。中曽根氏は「答えはイエスだ」と応じ、支出の規模や名目について外相間で協議するよう求めた。シュルツ氏は、累積債務に苦しむユーゴスラビア(当時)への一億ドル分の支援も依頼した。

 ただ外務省は、多国籍軍への資金提供の有無について「確認できない」と説明。当時の外務省関係者は「費用計上の指示があったとの記憶はない」としている。

 十八日のレーガン氏との会談では、日本が武器輸出三原則の例外として米国への武器技術供与を決めたことに関し、中曽根氏が「日本を正常な針路に乗せるため国民の説得に当たる」と強調。レーガン氏は歓迎した。

 この後の全体会合で中曽根氏は「日米は運命共同体で、喜びも悲しみも分かち合う」と表明。同席したワインバーガー国防長官は、前年度より増えた八三年度防衛予算を評価しつつ、一層の上積みを促した。中曽根氏は有事ではソ連の潜水艦を日本海に封じ込め、爆撃機の日本通過も許さないとして理解を求めた。

 別の文書では、首脳会談前の米紙ワシントン・ポスト社主との朝食会で、中曽根氏は「日本列島を不沈空母のように強力に防衛する」と発言。防衛費の国民総生産(GNP)1%枠の突破に意欲を示した。改憲論議に関し「かかるタブーはあるべきではない」とも述べた。

 訪米の事前調整では、米上院議員らが大河原良雄駐米大使に、ペルシャ湾で原油輸送路の防衛に当たる米艦船の修理費や、米戦闘機の三沢基地(青森県)配備を巡り約三億ドルの施設経費の大半を日本が負担するよう求めた。

利害調整の局面

 中島琢磨・龍谷大准教授(日本政治外交史)の話 一九八三年の中曽根康弘首相の初訪米は「不沈空母」論など、彼の日米同盟重視の姿勢が示された場面として語られてきた。だが外交文書からは、実際には安全保障と貿易を巡る日米の難しい利害調整の局面だったことが分かる。中曽根氏は相手に応じて用意周到に強調点を分けていた。レーガン大統領との会談では、トップ同士の信頼関係づくりを優先し、ワインバーガー国防長官には、ソ連潜水艦を日本海に閉じ込めると言い切り、対ソ認識を共有した。

 一方、ブロック農務長官には、牛肉・オレンジ問題で譲歩しない態度を貫いた。米メディア幹部の前で、防衛費の国民総生産(GNP)比1%枠を破る意思を示したが、貿易問題での米側の不満を意識した発言でもある。興味深いのは、米議員や国防総省が米軍三沢基地の施設経費の支援も求めた点だ。ベトナム戦争などで財政赤字を抱え、多国籍軍への資金支援とともに、海外の基地費用を同盟国に求めたい米側の本音が見える。トランプ次期大統領の発言に通じ、同盟国への不満が当時からくすぶっていたことが分かる。

 

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