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【政治】

結党の理念失い 凋落 民主〜民進21年の歩み

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 二十一年前の一九九六年九月二十二日。秋の臨時国会冒頭の衆院解散の直前。台風の暴風雨が吹き荒れる中、民主党の事実上の結党大会が開かれた。ここから民進党の歴史は始まった。

 「小池新党」のように、当初「鳩山新党」と呼ばれた。政党の合併でなく、議員個人が参加する形式にこだわり、基本理念の最初に「政官業癒着の利権政治と決別」を掲げた。結党のタイミング、「しがらみのない政治」という理念、参加議員の選別…。民進党を吸収する「希望の党」と皮肉にも酷似する。

 民主党はその後、他の野党も参加し、勢力を拡大。敵対してきた小沢一郎氏も合流した。参院選で「ねじれ国会」を作りあげ、二〇〇九年の衆院選でついに政権交代を果たした。

 だが、この瞬間が民主党のピークで、凋落(ちょうらく)が始まる。国民の期待を背に政権に就きながら、拙い運営で失望させたのが原因だが、結党時の理念を失ったことも大きい。政権交代後、小沢氏は陳情を党で一元処理する仕組みをつくり「利権政治」を復活させた。

 鳩山政権は沖縄の普天間飛行場の県外移設を公約しながら、外務省の協力を得られずに断念。野田政権は財務省の意向を受け消費税増税を決めた。

 政官業癒着の中心にある「霞が関」主導の政治を破ろうとして抵抗に遭い、まともな政権運営ができず、今度は味方につけようと、なびき、第二自民党になってしまった。直後の衆院選で大敗して下野。国民の信頼を取り戻せないまま、幕引きを迎えることになった。

 民主党は小選挙区制の下で、自民党に対抗できる政治勢力を築き、実際に政権交代を実現した。この点で歴史的な使命を果たした。同時に理念を変節させれば、国民の支持を一気に失うことも示した。希望の党も「しがらみのない政治」の旗を降ろし、第二自民党になるようなことがあれば、同じ道を歩みかねない。 (清水孝幸)

 

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