東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 政治 > 紙面から > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【政治】

米海兵隊HP 住民収容所の記述削除

写真

 在日米海兵隊が公式ホームページ(HP)に掲載していた米軍キャンプ・シュワブ(沖縄県名護(なご)市など)建設の経緯を説明する部分から、太平洋戦争末期に沖縄の住民を収容した大浦崎収容所に関する記述を削除したことが分かった。本紙がHPに誤記があると指摘した後に行われた。収容所では多くの住民が命を落とした。沖縄の歴史軽視との批判が出ている。(中根政人)

 県などの記録によると、収容所は、沖縄で本格的な戦闘が終了した一九四五年六月、久志村(くしそん)(現名護市)に設置。総務省HPによると約四万人が収容され、栄養失調や感染症で多くの人が命を落とした。キャンプ・シュワブは五六年、収容所跡地に建設が決まった。

 海兵隊HPは、四五年に住民が収容され、この地域が「大浦崎市と改名された」と記述。五六年に基地候補地として「大浦崎市が選ばれた」としていた。

 沖縄戦の歴史を記録する読谷村(よみたんそん)の村史編集室によると、「大浦崎市」は収容所の住民を管轄する組織として、四五年の一時期使われた名称。地名ではない。しかも、五六年にはなくなっていた。名護市は正しい地名は久志村だと指摘する。

 本紙は昨年十二月十二日、海兵隊報道部にHPに誤記や不適切な記述があると指摘。同報道部は「確認次第、担当官から(回答を)送付する」と答えたが、一月三日現在で回答はない。一方、海兵隊は昨年末までにHPの記述を変更した。四五年に大浦崎市に改名したとの記述は、収容所に関する説明ごと削除した。五六年当時の地名は久志村と直した。

 沖縄国際大の照屋寛之教授(政治学)は「米軍占領の犠牲になった地域の歴史を軽視している」と指摘。「収容所の事実を隠そうとするかのような印象で、沖縄県民は許せない。正確に記載すべきだ」と話した。

 名護市辺野古(へのこ)のキャンプ・シュワブ沿岸部では、日本政府が米軍新基地建設工事を進めている。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報