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【政治】

陸自PKOに武器携行命令 南スーダン 16年の大規模戦闘時

 南スーダンで二〇一六年七月、政府軍と反政府勢力の大規模戦闘が起きた際、国連平和維持活動(PKO)に派遣中の陸上自衛隊部隊が、通常武器を持たない隊員も含め全員に武器携行命令を出したことが分かった。派遣隊員は当時を「戦争だった。部隊が全滅すると思った」と証言。PKO参加には「紛争当事者間の停戦合意」など五原則を満たすことが条件で、政府は当時「武力紛争ではない」と説明していたが、参加の根拠が崩れていた可能性が強まった。派遣隊員や防衛省幹部が明らかにした。 

 南スーダンPKOで武器携行命令が明らかになるのは二例目。安倍晋三首相は一七年三月、部隊撤収を表明した際「(任務に)一定の区切りを付けることができると判断した」としたが、厳しい治安情勢が要因だった可能性もある。撤収を決めた経緯や当時の状況を明らかにするよう求める声が改めて出てきそうだ。

 一六年七月の大規模戦闘は報道のほか、防衛省が公表した陸自部隊の日報にも「戦闘」の表記を用いて記され、概要は判明している。ただ、部隊がどう対応したかは、一七年二月に公表した日報の「警備の態勢」が一ページ全て黒塗りになるなど、分かっていなかった。

 派遣隊員によると、宿営地がある首都ジュバで大規模戦闘が始まったのは一六年七月八日夕。十日には宿営地から約百メートルに位置するビルに反政府勢力約二十人が立てこもり、政府軍との間で激しい銃撃戦になった。このため隊長が、インフラ整備に当たり普段銃を持たない施設部隊も含め、全員に武器携行命令を発令。銃撃戦がさらに拡大した際の正当防衛や緊急避難措置として、宿営地内の武器庫から小銃を取り出し実弾を装填(そうてん)して備えた。

 流れ弾に当たる恐れがあるため居住用の建物から外に出られず、小康状態になった際、宿営地内の避難用コンテナに避難。発砲に至る場面はなかったが、派遣隊員は「まさに戦争のど真ん中。彼らが宿営地内に入ってくれば部隊は全滅すると思った」と振り返った。

 当時は十次隊として陸自第七師団を主力に約三百五十人が派遣。武器携行命令は一四年一月、ジュバに武装集団が接近中との情報があり、五次隊でも発令された。

 

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