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【政治】

開戦前夜、東条首相「すでに勝った」 政府高官のメモ見つかる

日米開戦前夜の1941年12月7日、東条英機首相が語った心境や昭和天皇の様子を記した、湯沢三千男のメモ

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 太平洋戦争の開戦前夜、昭和天皇への報告を終えた東条英機首相の発言や様子を記したメモが十四日までに見つかった。開戦の手順を報告する東条に、昭和天皇が「うむうむ」と応じ、動揺を見せなかったことから、東条は「全く安心している。このような状態であるから、既に勝ったと言うことができる」と述べたという内容。東条の発言を書き留めた湯沢三千男・内務次官=一九六三年に死去=のメモを遺族が保管していた。

 開戦前日の四一年十二月七日、昭和天皇が東条から報告を受けたことは「昭和天皇実録」に記載されているが、その様子が明らかになるのは初めて。東条が「重荷を下ろしたような様子だった」「微薫を帯び(酒に酔っており)」「陛下に褒められてもいいだろうと語った」と、賛意を得た満足感や緊張から解放された様子が記されており、昭和天皇との関係を探る手掛かりとなる。

 メモは、東京・神田神保町の古書店主、幡野武夫さん(73)が二〇一〇年ごろ、湯沢の娘婿で内務官僚の大野連治・元青森県知事(官選)=九一年に八十七歳で死去=の遺品を整理中に発見、解読を進めていた。開戦前夜の午後十一時二十分に書き上げたとする文章が三枚の便箋につづられており、戦時下の政治史を研究する古川隆久・日本大教授は「湯沢の筆跡に間違いない」としている。

 当時、内務省は地方行政だけでなく、警察業務も管轄。四一年十月の政権発足時、東条が内務相を兼任しており、かつて内務次官を務めた湯沢が再就任していた。

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 メモによると、東条は十二月七日夜、首相官邸に呼び出した湯沢に「戦争開始と国民の処置を決定した」と通告。「陛下の命令を受け一糸乱れることのない軍紀の下、行動できるのは感激に堪えない」と発言した。

 昭和天皇については「いったん決めた後は悠々として動揺もない」「(報告には)うむうむとおっしゃられ、いつもと変わらなかった」「対英米交渉に未練があれば、暗い影が生じるだろうが、そんなことはなかった」と述べたとしている。

 メモに添えられていた別紙には、開戦当日のスケジュールの他、外国の大使の扱いを丁寧にすることや、当時非合法だった共産党への処置も中立国のソ連を刺激しないようにとの指示が書かれていた。

 

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