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【埼玉】

<汽笛響く 秩父鉄道SL30年> (上)V字回復への軌跡 

春の秩父路を走るパレオエクスプレス=秩父鉄道上長瀞駅付近で

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 「都心から一番近い蒸気機関車(SL)」をうたう秩父鉄道の「パレオエクスプレス」がことし、一九八八年の運行開始から三十年目を迎えた。二〇一二年に車両基地で起きた脱線事故後に約半年間運休という試練を乗り越え、乗客数はその後V字回復を果たした。八月からは新たに東武鉄道が鬼怒川線でSL運行に参入する予定。秩父鉄道を含め北関東でのSL運行は四社五路線となる。根強い人気のわけを知るため、SLに乗り、その魅力を探る旅に出た。 (花井勝規)

 「フォォー」。午後二時三分、SLのあの独特な汽笛を合図に、パレオエクスプレスが三峰口駅(秩父市)を出発した。熊谷駅(熊谷市)までの五六・八キロを約二時間四十分かけて走る。平均時速は二十七キロ。のんびりとした道行きだ。

 SLファンの間では、上り坂が多い行きの熊谷−三峰口間が人気だが、あえて帰りの便に乗った。三峰口駅を出てから十七、八分後に「全行程で最大の難所」(ベテラン機関士)を通るためだ。

 浦山口駅(秩父市)を通過し、影森駅(同)に向かう途中の峠。S字カーブに差しかかると速度が落ちた。時速は十キロ。四両の客車を引っ張るC58形機関車が多量の黒煙をはきながらゆっくりと、そして力強く急勾配を上っていく。鉄道業界でいう「力行(りきこう)」シーンだ。

 峠のピークに差しかかると急に視界が開け、線路脇で四、五十人の「撮り鉄」と呼ばれる鉄道写真ファンらが、一斉に笑顔でこちらに手を振るのがみえた。客車から歓声があがり、乗客らは窓を開けて手を振り返す。人間でいえば古希を超えた“ご老体”の頑張りへのエールだ。

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 老体・C58 363号機は、一九四四年の製造。七二年の引退後は鴻巣市の吹上小学校に展示されていた。八八年に熊谷市で開かれたさいたま博覧会に合わせ、SL復活の声が上がり、現役復帰した。

 当初は、沿線自治体などでつくる県北部観光振興財団が運行主体だったが、二〇〇三年に秩父鉄道に無償譲渡され、自主運行が始まった。同社は旧国鉄OB任せの運転を見直し、自前の機関士の養成を始めた。

 〇七年に同社初のSL機関士となった千代田昌巳さん(48)は偶然にも、吹上小の出身。「学校の裏庭で、ひっそりとたたずむSLを見上げていた」と懐かしむ。今では同社のSL機関士六人のリーダーだ。

 夏は石炭をくべるかまの熱で、機関室は五〇度近くにもなる。SLの心臓部にあたるかまを傷めないよう「保火(ほか)」作業も欠かせない。シーズン中は二十四時間火を絶やさぬよう、二時間おきに石炭を投入する。SLは電車に比べ運転技術が難しく「情熱がなければやっていけない」と同社幹部。千代田さんら機関士は黙々と手を動かして、かまに目を光らせる。

     ◇

 そんな機関士たちの奮闘で、難所を越えたC58は、寄居駅まで緩やかな下り坂をゆく。レトロ調の客車の車窓からは秩父の山並みやまばゆい新緑の景色が心地よい。SLの吐き出す煙の匂いが郷愁を誘う。

 親鼻駅−上長瀞駅間では絶景ポイントとして知られる荒川橋梁(きょうりょう)を渡る。川面から鉄橋までの高さは約二十メートル。長瀞ライン下りの船着き場もすぐ近くにある。

 春は沿線のサクラや菜の花、夏は秩父の山々、秋は紅葉と四季折々ののどかな秩父路の風景を存分に楽しめる。電車では味わえない、スピードが遅いゆえの「上質な旅」。

 その演出には、「リピーターを大切にしたい」という、秩父鉄道の座席管理の工夫が一役買っている。客車四両の総座席数は三百三十六席。乗客がゆったり座れるようリアルタイムで区間ごとに乗車券の発売数をコントロールし、混雑するゴールデンウイーク(GW)を除けば、「席に座れないことはめったにない」(同社企画部)という。

 職人気質の現場の機関士たちと、現代的なシステムの双方が、二十一世紀のSLの火を支えている。

<パレオエクスプレス> 秩父鉄道が秩父線の熊谷−三峰口間で運行するSL。停車駅は計8駅。乗客数は2000年代に入って4万〜6万人代で推移。12年に車両基地での脱線により半年運休し約2万人に減少するも、翌年は6万6000人、14年からは7万人以上を集めている。運行日は3月から12月の土日祝日が中心。平日や冬季に運行される場合もある。4両編成の客車は指定席1両、自由席3両。乗車券のほか、座席指定券(720円)か整理券(510円)が必要。名称の「パレオ」は秩父地方に約2000万年前に生息していた海獣・パレオパラドキシアから取った。問い合わせは同社SL係=電048(523)3317=へ。

 

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