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【埼玉】

進駐軍の改造「歴史の一部」 入間の国登録有形文化財「旧石川組製糸西洋館」

進駐軍に接収されて将校住宅として使われた西洋館=入間市河原町で

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 改修工事のため、5月の臨時公開を最後に公開休止となった入間市の国登録有形文化財「旧石川組製糸西洋館」。建築当時(1921年ごろ)の技術の粋を尽くした内外装に目を奪われがちだが、戦後の10年余、西洋館を接収した進駐軍による「改造の痕跡」を色濃く残す点も注目される。所有者だった石川家の12代当主嘉彦さん(77)と館内を巡った。(加藤木信夫)

 西洋館は大正から昭和初期にかけ、全国有数の製糸会社だった石川組製糸が、取引先の外国貿易商と商談するために建てた西洋風木造建築物。四六〜五八年、石川家から進駐軍に接収され、高級将校三世帯の住宅として分割使用された。

 「入居者が入れ替わるたび、ハウジング担当者が来て、広さや部屋数などをチェックし、それなりの家賃を払ってくれた。母はランドレディー(大家さん)と呼ばれてお茶に招かれていたし、小学生だった私は珍しいアイスクリームなどをもらった。差別的な待遇はなかった」と嘉彦さん。

 困ったのは内外装のすべてにペンキを塗ると宣言されたこと。「腐るからと説明されたが、せっかくの内装が損なわれてしまう」

 当時、父源一郎さんは米軍ジョンソン基地(現在の航空自衛隊入間基地)内でランドリー店などを営み、米軍に顔が利いた。交渉の末、内壁の塗装などを回避させたという。

 ただ館内は将校が使いやすいよう、大掛かりに改造された。世帯別のバス・トイレ・キッチンが必要だとして、二階ベランダは室内型キッチンに変身。二間続きの和室の畳と障子は外され、板張りの洋間に変更。書院造りの床の間もクローゼットに様変わり。三家族が顔を合わせず外出できるよう、各所で壁やドアが新設された。

 返還後、石川家は和室の畳と障子、二つの床の間のうち一つを復元したが、大変な出費で、これ以上は無理だったという。

 「大改造ならぬ大改悪! 二階大広間の貴重なステンドグラスが、子どもたちのボール遊びでひび割れてしまったのも悲しかった」と嘉彦さん。一方で「家具や調度品はきちんと管理して返還してくれた。家賃などの待遇面を含め、米軍に悪い感情は持っていない」と振り返る。

 西洋館は二〇〇一年に国登録有形文化財に登録。〇三年に石川家から市に寄贈され、現在に至っている。今回の国の補正予算を活用した改修工事では、老朽化した屋根や樋(とい)の修繕、窓枠回りの防水処理のほか、公開の再開を見据えた男女トイレ工事などが予定されている。

 嘉彦さんは「西洋館は地元の宝。私たちではできない補修をしていただき心から喜んでいる」。市の担当者は「改修工事の後、本格的に西洋館の活用を図っていく予定です。進駐軍による改造の数々も館の歴史の一つとしてご覧いただければ」と話している。

 

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