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【埼玉】

全盲者の思いつづる 深谷の茂木さん 自叙伝発刊

自叙伝を出版した茂木幹央さん=深谷市のひとみ園で

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 視覚障害者の新しい職業を切り開こう−と歩んできた深谷市の茂木幹央さん(81)が自叙伝「見えなくても戦国」(社会福祉法人日本失明者協会刊)を発刊した。自らも全盲者の半生は、文字通り“戦い”の連続だったが、まだまだ新たな戦いにチャレンジし続けている。 (田口透)

 三歳の時、はしかが原因で全盲となった。盲学校時代、欧米では視覚障害者の仕事は二百六十余種もあると知り、「視覚障害者でも自分の好きな職業で一生過ごせないか」と思い立ったという。

 視覚障害者には、ほとんど門戸を閉じていた大学進学を志して、日本大学に入学。貧窮とも戦いながら、強い意志と一部の人たちの支援もあり、卒業にこぎ着けた。

 欧州では放送局で働く視覚障害者がいると聞き、就職活動に猛進したものの、職員には採用されず、非常勤の番組モニターに。それもまもなく打ち切られてしまった。「視覚障害者の新職業を開拓したいと突き進んできたが、金もなく就職活動すらできない。人生で一番苦しい時期だった」と振り返る。

 進退窮まった茂木さんに一九五九年四月、千葉の視覚障害児施設の指導員にならないかという話が舞い込んだ。

 七五年、視覚障害者の老後の寂しさをつづった点字新聞の投書をきっかけに、視覚障害がある老人ホーム建設を思い立つ。当時、施設がなかったのは関東では埼玉だけ。国立の視力障害施設で教官を務めていたが、金融機関から借金し、当時の知事らにも直談判。「百円募金」やチャリティーなども行い、実現させた。

 その後も、寝たきりになった視覚障害の老人をどうするのかと特別養護老人施設を、視覚障害者にも働く場所を提供しようとマッサージなどの施設を増やしていった。

 挑戦は続いている。現在、視覚障害者の老人ホームは全国に五十カ所ある。最大規模は北海道の百十人定員のホーム。百人定員の今の施設を百二十人にして「全国一」にするため、二〇一九年の実現に向け取り組む。さらに、視覚障害者のための「新職業開発センター」として、映画館(演芸館)やレストランを軸とした施設を構想しており、五年後のオープンを目指し、すでに用地は取得したという。

 「養護盲老人ホーム建設では何度もくじけそうになったが、何とか踏ん張ることができた」と茂木さん。駅の転落防止施設などにも触れ、「視覚障害者の二大不自由は移動と読み書き。インフラ整備も含め、その不自由を少しでも軽減し、自分に合った職業に就いて自立していくことが大事」と話した。

 本に関する問い合わせは、日本失明者協会=電話048(573)5222=まで。

<茂木幹央(もぎ・みきお)> 1936年、深谷市生まれ。日大卒。現在、日本失明者協会理事長、養護盲老人ホームひとみ園園長、視覚障害者グループホームなどの施設長。NPO法人埼玉県盲人福祉協会や同日本盲人演劇協会の理事長など。第5回塙保己一賞大賞。

 

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