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【埼玉】

<ひと物語>100年先見る十二代目 笛木醤油社長・笛木正司さん

「会社の文化として自社で木桶を作れるようにしたい」という笛木さん。自ら木桶作りにも参加する=川島町で

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 川島町の越辺川(おっぺがわ)を背にして本社と工場を構える笛木醤油(しょうゆ)は創業二百二十八年。木桶(おけ)で仕込む「金笛(きんぶえ)しょうゆ」で知られる。社長の笛木正司さん(37)は今年七月、十二代目当主となった。「代々続く醤油屋を一時期預かっている。後世に引き継いでいかなければいけない」と言う。

 小学三年からサッカーを始め、県立川越高校ではサッカー部のキャプテンを務めた。このころは「発展途上国を支援する仕事」が夢だった。中学三年の春休み、ブラジルにサッカー留学したときに同じ年頃のストリートチルドレンが路上で物乞いをしているのを見て、衝撃を受けたのがきっかけだった。高校三年の夏、父・豊彦さん=当時(51)=が病気で急死した後も考えは変わらなかった。

 明治大四年のとき、国際関係を学ぶため米ジョージ・ワシントン大に一年間留学。そこで転機になる出来事があった。

 サンフランシスコに旅行に行った友人から「金笛という醤油を見つけた。これは君の家の商品か。君は誇りにするべきだ」とのメールを受け取った。「そのときは、うちの醤油が海外に渡っていることも知らなかったし、留学先でアメリカ人に言われたことが衝撃だった。日本の伝統的な発酵食品の良さを初めて肌で実感した」

 「会社は地域から存在を許されている。謙虚に人の絆を大切に」「問題意識と危機感を持て」。二〇〇六年、二十六歳で笛木醤油に入社してからは、父豊彦さんから生前、繰り返し聞かされてきた言葉が常に頭にある。

 工場には百五十年前から使われている「五十石」の木桶(直径二・五メートル、深さ三メートル)が三十八本ある。温度調整できるステンレスタンクなら半年でできる醤油が、木桶だと一年半〜二年かかる。その代わり「角のない、丸くて香りも良い醤油ができる。それが木桶の良さ」。しかし、木桶職人は全国でも六十人ほどに減り、ほとんどが高齢者。このままでは木桶を使った醤油造りができなくなる。

 昨年から「未来へ繋(つな)ぐ100年プロジェクト」を立ち上げ、若い桶職人たちを全国から招いて木桶作りを始めた。昨年と今年に作った木桶は四石だが、近く五十石の大桶に挑戦するつもりだ。「これをやらないと後世に引き継ぐことはできない。日本の伝統文化で通じるもののある木桶職人を育てることにつながるし、醤油業界を盛り上げることにもなる。自分がやらなければ誰がやる、という気持ち」と熱く語る。 (中里宏)

<ふえき・まさつぐ> 1980年生まれ。地元のサッカー・スポーツ少年団のコーチも務める。100年プロジェクトの第2弾は小川町の有機農家が作る「青山在来大豆」と小麦を使った「埼玉しぼり醤油」造り。7月の種まきから消費者に参加してもらう。広報企画や新商品を担当する妻と子ども4人の6人家族。

 

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