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【埼玉】

<ひと物語>秩父に故郷重ね歌う ペルー出身の民謡歌手 イルマ・オスノさん

ペルー・アンデス地方のアヤクーチョの民謡を歌い続けるイルマさん=秩父市で

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 節回しを抑えた伸びのある歌声に、笛や弦の素朴な音色が重なる。「ひょうが降っても 雄牛を見つけなくては 雌牛を見つけなくては」「なぜって、僕の心臓は君のためだけに激しく打つんだ」

 南米ペルーのアンデス地方アヤクーチョに伝わる民謡の一節。先住民の純朴な暮らしを映す民謡を、イルマ・オスノさん(43)が秩父で歌う。「秩父には山があり、川が流れている。ふるさととどことなく似ている」と話す。

 アヤクーチョは首都リマの南東約三百五十キロ。イルマさんは標高約二千五百メートルの集落で生まれた。生家は「インディヘナ」と呼ばれる先住民。電気や水道はなく、周囲はトウモロコシや麦をつくりヤギやヒツジを飼う農家ばかりだった。

 「生まれた時から音楽があった」とイルマさん。男の子は笛とギター、女の子なら歌と太鼓。イルマさんも母語のケチュア語で、自然と民謡を口ずさむようになっていた。

 闘牛の始まりや麦の収穫など、アヤクーチョの村人はことあるごとに歌う。「民謡には喜びや悲しみをはっきりと示すインディヘナの気質が映し出されている」とイルマさんは言う。

 一九八〇年代、反政府勢力が社会主義革命を掲げてペルーの農村各地を制圧。中でもアヤクーチョは住民の虐殺や誘拐が頻発する危険地帯に成り果てた。当時十二歳だったイルマさんはリマへ逃れ、家政婦をしながら学校へ通った。

 後にリマで中学校のスペイン語教師となったが「そばにいつもふるさとの歌があった」。イルマさんはカセットテープ店を訪れた際、民族音楽を学びに来ていた現在の夫、ギタリストの笹久保伸さん(33)と運命の出会いを果たした。

 「初めはまったく関心がなかった」という極東の国・日本に来て、今年で丸十年。地元百貨店のすし売り場や学童保育などに勤め、ほぼ完璧な日本語を身に付けた。祭事を重んじたり、自然をあがめたりする秩父の人の気質が、リマより故郷に近いと感じている。

 現在は、各地のライブハウスや大学のホールで現地の文化について講演する傍ら、民謡を披露する。都内の複数の大学でスペイン語の講師を務めるなど、活躍の場も広がっている。

 イルマさんは「アヤクーチョの民謡は、日本でポピュラーなアンデスの音楽とは少し違う。けっして聞きやすくはないが、現地の人々の深い感情を感じてもらえれば」と話す。 (出来田敬司)

<いるま・おすの> ペルー・アヤクーチョ生まれ。幼少の頃から地元の民謡に親しむ。首都リマでギタリストの笹久保伸さんと出会い、笹久保さんの出身地の秩父へ。各地のライブハウスやホールで、アヤクーチョの民謡を歌う。これまでにペルーと日本で「タキ」などCD4作を発表。秩父の習俗を題材にした自作の曲も。法政大非常勤講師。1女。

 

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