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【埼玉】

蚕業試験場の門柱 ゆかりの川越総合高に移設 養蚕業の歴史、後世へ伝える

川越総合高校に移設された旧蚕業試験場川越支場の門柱。左は同窓会長で元衆院議員の大野松茂さん=川越市で

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 川越市新宿町の県川越地方庁舎跡に残されていた旧「埼玉県蚕業試験場川越支場」の門柱が、解体の危機を乗り越えて県立川越総合高校に移設され、28日、公開された。川越市を含む入間地方は大正中期から昭和初期にかけ、県内で最も養蚕が盛んだった。こうした土地柄で川越総合高校は1920(大正9)年、県立蚕業学校として開校。2020年に創立100周年を迎えることから、記念事業として養蚕の歴史を伝える門柱を移設することになった。 (中里宏)

 県蚕業試験場川越支場は、地元の養蚕農家が土地を寄贈したり、寄付金を集めたりして誘致運動を行い、一九三〇(昭和五)年に設立された。カイコの優良種の普及など、養蚕農家の指導を行ったが、六四年に蚕業試験場本場(熊谷市)に統合された。

 門柱の大理石の銘板には支場の英語表記が刻まれ、製糸や織物が輸出の花形だった時代をしのばせる。

 支場跡地が川越警察署(後に移転)や県地方庁舎になっても門柱は残っていたが、県地方庁舎が解体されて来年二月に更地になることが決まり、地元から「歴史を伝える門柱を保存してほしい」との声が上がっていた。

 川越総合高校は、蚕業学校から農蚕学校、川越農業高校と名前が変わり、九六年に総合高校となった。県立高校百三十九校の中で十番目に古い伝統校で、八〇年代半ばまでは授業で養蚕を教えていた。

 同窓会会長で狭山市長や総務副大臣を務めた元衆院議員の大野松茂さん(81)も同校で養蚕を学んだ。同窓会は今年六月から百周年記念事業に向けた準備に加わっており、支場で研修をしたことがある大野さんも県とかけ合うなどして、同校への門柱移転が決まった。

 同校では百周年に向けて校舎一階に、近代化以前からの養蚕の資料や道具を展示する「養蚕資料室(仮称)」を開設する準備も進めている。

 大野さんは「養蚕が盛んだった地域なので、納屋などに眠っている道具はまだあるはず」と寄贈を呼びかけている。生徒会長の江波戸(えばと)昴さん(17)は「養蚕は学校のルーツ。門柱は他校にない貴重なもので、誇りを感じる」と話していた。

 

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