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【埼玉】

<見て学んで楽しむ 彩の国 産業観光> (2)逸見織物(秩父市)

織機の動きに目を光らせる倉林さん=秩父市の逸見織物で

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 ガシャ、ガシャ、ガシャガシャ−。秩父市の織物業「逸見(へんみ)織物」の工房。木枠でできた何台もの織機がリズミカルに音を立てる。水玉、麻の葉、市松模様。ピンと張られたたて糸によこ糸が組み合わされ、和柄のパターンが仕上がっていく。秩父地方の伝統的な絹織物「秩父銘仙」だ。

 織機の動きに目を光らせるのは倉林染(そめ)さん(85)。伝統工芸士の資格を持つスペシャリストだ。戦後すぐ、今の中学に当たる高等科を切り上げてこの道に入り、もう七十年になる。「この仕事が好きかだって? ほかにしたことがないから分からないねえ」と相好を崩した。

 工房には、筒状の道具ボビンに糸を巻き取る「糸繰り機」、本織りする前にたて糸を整える「整経機」など、さまざまな機械がずらり。手織りで手のひら大のコースターづくりを楽しめる体験(五百円)もあり、秩父銘仙や織物の面白さを楽しめる格好の場となっている。

 秩父は古来、土壌が石灰質で稲作には向かず、養蚕や絹糸の生産などが盛んな土地柄だった。江戸時代には出荷に不向きの繭玉でつくる「太織(ふとり)」が、普段使いの丈夫な織物として江戸で評判になった。

伝統の和柄が美しい秩父銘仙=秩父市のちちぶ銘仙館で

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 秩父銘仙が生まれたのは明治に入ってから。独自の染め方「ほぐし捺染(なっせん)」が開発されたのがきっかけだ。ほぐし捺染は、織る前の工程でたて糸に色を付ける手法のこと。織物の裏表にまんべんなく色が付き、裏返しても利用できる。

 無地やしま模様しかなかった生地に、格子や花柄など多彩なデザインが生まれた。秩父銘仙は今風に言えば「ファストファッション」。大正から昭和初期にかけて女学校の制服や庶民の普段着に取り入れられた。

 当時の秩父全体の年間生産量は四百万反(一反は横三十八センチ、縦一二・五メートル)に及んだ。現在のおよそ一万倍。三代目逸見恭子さん(50)は「一家に一人は織物業に携わっていたのではないか」とみる。しかし衣料の変化や繊維産業の技術革新で、秩父銘仙は縮小を余儀なくされた。

 逸見織物は現在、海外展開を進めたり、秩父銘仙の柄をストールやバッグ、ポーチなどに応用したりするなど「反転攻勢」を強めている。かつての銘仙問屋の店舗を利用した「秩父ふるさと館」(秩父市本町)に「出張所」を置き、秩父銘仙グッズを販売している。

 逸見さんは「秩父は今、大勢の観光客に来ていただいている。いきなり着物を着てもらうのは難しいかもしれないが、小物で秩父銘仙の魅力を伝えられれば」と願っている。 (出来田敬司)

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<逸見織物> 秩父市黒谷1463。見学は平日午前9時から正午ごろまで。事前に予約する。入場無料。問い合わせは電0494(22)0708へ。

 

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