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【埼玉】

「50畳」最後の飛翔 「寄居大凧揚げ」の主役

50畳大凧「鳳凰」が舞い上がる瞬間=寄居町で(島田茂幸さん提供)

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 巨大な手作り凧(たこ)を揚げる寄居町の恒例イベント「寄居大凧揚げ」で主役を務めてきた五十畳の大凧が、「引退」することになった。元日の凧揚げで、一度は大空に舞ったものの、強風で破損した。主催の市民団体は来年に向け、新しい凧を制作する予定だ。

 寄居町運動公園で一日あった大凧揚げ。地上付近で風速約一〇メートルと「これまでで一番強い風が吹いていた」と大凧の制作責任者を務める吉田久良さん(63)。鳳凰(ほうおう)が描かれた主役の五十畳をはじめ、三十畳、二十畳の三サイズの大凧が空に舞い上がり、千人近い見物客から拍手喝采を受けた。

 歓声の中、ぐんぐんと舞い上がった上空百メートル付近の風は強烈だった。「ビシッ、ビシッ」。凧を支える横骨が折れる音を残して凧は落下。滞空時間は四分ほどだった。損傷した五十畳と三十畳凧は、修復不能の状態だった。

 子供たちに野外で遊ぶ楽しさを知ってもらおうと主催者の「今市竹とんぼの会」(小山百合雄会長)が一九九九年、二畳凧から始めた凧揚げは、年々サイズが大型化。巨大凧で知られる「東近江大凧」の地元、滋賀県東近江市に通い、凧作りや揚げるノウハウを吸収しながら二〇一一年には五十畳凧をデビューさせた。縦九・六メートル、横八・六メートル、重さは二百キロ近くあるため、過去七回で凧揚げに成功したのは二回だけだった。

 吉田さんは「三十畳を超える大型凧は今回が見納めになりそう」と寂しげに語る。五十畳凧を制作した時の作業小屋が、一四年二月の大雪でつぶれてしまったため、作業スペースの都合から新たに作る凧は二十畳までが限界という。

 会に残った凧は二十四畳の「乙姫」と二十畳の「弁財天」のみ。来年に向け、十六畳サイズを新たに制作する方針だ。 (花井勝規)

 

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