東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

<ひと物語>秩父の風景 魅惑の青で 画家・香本博さん

作品づくりにいそしむ香本さん=秩父市で

写真

 小川を見下ろす静かなアトリエで、画家香本博さん(62)=秩父市=が絵筆を走らせる。人、月、機関車−。さまざまなモチーフが一枚の絵の中で調和する。特徴的なのは青。「青が争うと『静』に、青が群れると『群青』になる」。青の奥深さを独特の技法で表現する。

 一九五五年、岡山県津山市の生まれ。両親の都合で、ほどなくして東京都内に転居した。生まれもっての絵描き。母に聞かされた話では、香本さんがよその家を訪れては壁に絵を描いたため、母は消しゴムを持って追い掛けたという。

 高専でグラフィックデザインを学ぶが、教員との衝突もあって途中で見切りを付けた。地下鉄の工事、居酒屋店員、文字のデザイン−。さまざまな仕事で食いつないだ。都内を転々としながら、傍らではいつも絵を描き続けていた。

 一九九〇年ごろ。秩父市内にある遊園地のアトラクションの会社でデザインの仕事を始め、都内からしばしば秩父を訪れるようになった。ある寒い日の朝、集団登校の子どもたちが、白い息を吐きながら「おはようございます」とあいさつをしてきた。

 それまでは「都内でホームレスたちをスケッチしていた」という香本さんだが、何げない光景に心が揺さぶられた。「セピア色に見えていた秩父の風景が、色づいていくような感じがした」。自然豊かな故郷・岡山とも重なり、二〇〇〇年、秩父に住まいを移した。

 一九九八年からは画廊や喫茶店、美術館などで精力的に個展を開くように。開催は北海道から沖縄まで百二十回。都内のギャラリーでは絵の前でじっとたたずみ、涙を流す女性も。別の展示会では、渋い表情の買い物客が、鑑賞後にすっかり柔和になって帰って行くこともあった。

 一方で舌打ちをして帰って行く人もいる。「個展は、複数の作家が出品するグループ展と違って、言い訳がきかない。鑑賞者の視線にさらされてボロボロになるかもしれない、という緊迫感がある」と話す。

 二〇〇八年ごろから絵筆で生計を立てる生活に。地元紙に連載を持ったり、地元の市民団体のカレンダーを手掛けたりした。いまだに散歩をする際、紙片に風景をスケッチする習性が抜けない。

 「絵を描くことは楽しくない。仕事は趣味と違うから。ただ描かないと苦しくなる。体の中の血が流れていかないような気がするんです」。今後はエッセーと絵を合わせた詩文集や、子供向けの絵本を手掛けたいという。 (出来田敬司)

<こうもと・ひろし> 岡山県津山市に生まれ、幼少期に東京都墨田区に転居する。若い頃は「アンチ美大」を標榜(ひょうぼう)し、ほぼ独学で絵を学ぶ。作品の透明感を重視し、主に水彩画を手掛ける。2000年から秩父市在住。2月1〜18日、川越市新富町の「アークジュエリースタジオ企画スペース」で個展「不思議の部屋のヒロシ」を開く。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報