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【埼玉】

笑顔輝く未来に 県内各地で追悼式

震災の犠牲者に黙とうをささげる参加者=上尾市で

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 東日本大震災の発生から7年を迎えた11日。今も3000人を超す避難者が暮らす県内の各地では、追悼の催しが行われた。上尾市の県営団地では避難者が早期の復興などを願い、5年後の自分に手紙を書いた。加須市でも追悼式があり、避難者たちは犠牲者の冥福を祈るとともに、長年支援を続ける人たちに感謝した。

◆上尾 5年後の自分に手紙

 「一日も早い完全復興に期待」「助けてくれた人を忘れずに」。福島県からの避難者らが五年後の自分に宛てた手紙には復興と被災後の支援に対する感謝の言葉が並んでいた。

 「未来への手紙」と名付けられた手紙は、最大で避難者が約六十世帯暮らしていた上尾市の県営シラコバト団地であった追悼式で記念事業として実施。約七十人が参加し、五年後に手元に届けられる。

 追悼式は団地に住む避難者でつくる「東日本大震災に咲く会ひまわり」が主催。今年は「未来につなぐ」をテーマに行われ、黙とうなどもあった。

 宮城県東松島市で被災し、津波が自宅一階まで押し寄せた埼玉県立大四年の今野晴香さん(22)は「東松島の街と海と人々が笑顔で輝いていますように」と書き込んだ。

 追悼式で宮城県出身者を代表して行った式辞で「震災を経験したからこそ得た気づきがあった」と語った今野さん。自宅近くにできた仮設住宅に影響を受けて「人の生活を支えたい」と福祉の道を目指すようになった。来月からは夢をかなえて介護施設で働く。

 「七年がたっても明日も将来も見えない人がいる。手紙がそういう人にとって未来への足掛かりになればいいと思った」と同会会長の橘光顕さん(52)。

 福島県浪江町出身で自身も帰還するかどうか揺れている。そんな橘さんの未来への手紙にはこう書き込まれていた。「自分の道を進んでいたい」 (牧野新)

犠牲者追悼の献花台で手を合わせる人たち=加須市で

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◆「孫の成長見つめる」加須に残る双葉町民

 福島県の双葉町民が一時避難生活を送っていた加須市の旧県立騎西高校近くにある双葉町社会福祉協議会加須事務所では、市内で今も暮らす双葉町民やボランティアらが追悼式に参加した。事務所玄関脇には献花台が設置され、訪れた町民らが黙とうした。

 旧騎西高の避難所では2013年12月まで最大で約1400人の双葉町民が生活していた。加須市によると、市内に避難している双葉町民は1日現在、148世帯、427人に上る。

 追悼式では、さいたま市の堀切さとみさんが手掛けた旧騎西高の避難者の記録映像「原発の町を追われて」が上映され、堀切さんは「これからも一緒に頑張っていきましょう」と呼び掛けた。双葉町埼玉自治会の藤田博司会長(78)は「7年間は長くて短い」と話し、「自治会会員が少しでも幸せになるよう活動していきたい」と前を向いた。

 加須市で暮らす双葉町民の関根茂子さん(67)は避難後、息子夫婦に3人の孫が生まれた。関根さんは6歳の孫について「幼稚園でお友達ができるか心配していたけれど、いっぱいできて良かった」と振り返る。

 月日が流れ、その孫が今春、市内の小学校に入学する。「地元の皆さんにお世話になり入学でき、感謝の気持ちでいっぱいです」。関根さんはこれからも孫の成長を見ていくため双葉町には戻らないつもりだ。 (中西公一)

 

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