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【埼玉】

<ひと物語>卵白使った画法広める 「食絵」を開発 斉藤昭さん

双葉町からの避難者と一緒に描いた「食絵」を紹介する斉藤さん=加須市で

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 絵に色を塗るときに使うのは、絵の具でもクレヨンでも色鉛筆でもない。卵の白身と食紅を合わせた手作りの顔料で、独特の色合いを生み出していく。材料が食べられることから、斉藤昭さん(74)は、この技法に「食絵」と名付け、自宅のある加須市周辺の高齢者施設や学校で体験講座を開いている。

 卵の白身に赤や青の食紅を混ぜ、天日で乾かす。乾燥して固まった白身を細かく砕けば、粒子状で光沢のある顔料の完成だ。紙に描いた下絵に接着剤を塗り、色とりどりの顔料を貼り付ける。何度も上塗りすることで厚みが出て、立体感のある絵ができあがる。

 「やっぱり、ほかに誰もやっていないっていうのが売りかな」と胸をはる独自の技法。「食絵」は商標登録もしている。紙や接着剤を使うので実際に食べることはできないが、言葉のインパクトは大きい。

 「食絵」を思い付いたのは、老人ホームで働いていた二十年ほど前。入居者を楽しませるために独学で身に付けた手品を披露していた。ある日、手品の本を読んでいて目に入ったのが「卵白を乾かすときれい」という記述。試してみるとキラキラとした輝きが気に入り、絵に使うことを思い付いた。

 絵を入居者に見せると「光ってきれいだね」と好評だった。最初は絵の具と混ぜていたが、次第に食紅に変更。口に入れても大丈夫なので、子どもや高齢者でも安心して使える。自分で描くだけでなく、別の施設やイベント会場などで教え始めた。

 二〇一一年、東京電力福島第一原発事故の影響で、福島県双葉町の住民が市内の旧騎西高校に避難してきた。斉藤さんも市に頼まれ、食絵の道具を持って避難所へ。見知らぬ土地での生活を強いられていた人々は、初めて体験する絵の描き方を楽しんでくれた。

 避難所が閉鎖された今も、当時の避難者との交流は続く。双葉町がバラの名所として知られることもあり、再会するたびにプレゼントするのはバラの絵。帰れなくなった故郷を食絵で表現し、思いに寄り添っている。

 最近は小さな食絵を多くの人に描いてもらい、絵の数でギネス記録を目指し始めた。「自分一人ならすぐにたくさん描けるけど、時間がかかっても一人でも多くの人に描いてほしい」。加須市でひっそりと続けてきた活動を、県内全域に広めようとしている。 (井上峻輔)

 <さいとう・あきら> 1944年に栃木県で生まれ、幼いころに加須市に移った。中学卒業後、会社員を経て、市内の老人ホームで勤務。毎月開かれる利用者の誕生日会で披露するために、50歳ごろから独学で手品を学んだ。退職した現在も福祉施設や公民館、イベント会場などで食絵体験と合わせて手品を披露している。

 

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