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【埼玉】

<ひと物語>南極の魅力 逸話で発信 40年前 観測隊員・加藤芳夫さん

講演で南極の魅力を語る加藤さん=長瀞町で

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 「南極に入る時にパスポートを見せることはない。どの国も領土を主張できませんから」「南極でおしっこをしても棒にはならない。落ちて凍るんです」

 三月中旬、長瀞町中央公民館で開かれた講演会「南極ってどんな所」の一幕。第十七次南極地域観測隊員を務めた加藤芳夫さん(72)=長瀞町=が、極地の特性を時折ユーモアを交えながら説明した。

 日本から南へ約一万五千キロ。南極は多くの人にとって、足を踏み入れたことのない天涯の地だ。青白い氷壁やペンギンの姿をスクリーンに映し出すたび、聴講者は身を乗り出すようにして見入った。

 第十七次隊は一九七六年二月から翌七七年一月までの間、主に昭和基地で活動した。国立極地研究所や郵政省電波研究所の職員、医師、調理師ら二十九人で構成。加藤さんは気象庁から派遣された。

 気温や気圧、風向や風速などの計測を担当。地上だけでなく、数十キロという高層のデータにも目を光らせた。任務中、最低気温は氷点下四二・五度、最大風速は四四メートルを観測した。

 滞在中に特に気を付けたのが凍傷だ。感覚がまひして、かかったかどうか分からない。鼻や耳、ほほなど、顔の出っ張っている部分が侵される。隊員は二人が組みになって確認し、相手の顔が白くなると「危ない」と呼びかけた。

 雪上車で移動する際は、溶けかけた薄い氷や深い割れ目「クレバス」にも注意が必要だ。氷やクレバスが雪に覆われていると見た目には分からない。加藤さん自身、氷に落ちかけ、雪上車のエンジンを吹かして難を逃れたこともある。

 とはいえ、南極の自然は美しい。昭和基地は「オーロラ銀座」と言われ、しばしばレースのカーテンのような帯が冬の夜空を彩った。アデリーペンギンの営巣地では、小石が転がる大地に数百匹の親子が群れをなした。加藤さんは極地仕様のカメラを片手に、駆け回った。

 あれから約四十年。観測隊の活動は現在、第五十九次隊に及ぶ。フロンガスの放出で上空のオゾン層に穴があき、人体に有害な紫外線が降り注ぐ異常現象は、日本の観測隊員が発見した。加藤さんは、観測隊の活動成果はけっして小さくない、と確信している。

 「地球の観測は百年でも短い。お金がかかっても続けなければならない。予期せぬことが起きていると言えるのは、長年の研究の蓄積があるからこそだ」。言葉に力がこもる。 (出来田敬司)

<かとう・よしお> 両神村(現小鹿野町)生まれ。大学卒業後、気象庁に入庁。富士山、南鳥島などでの勤務を経て、第17次南極地域観測隊員として南極で越冬。熊谷地方気象台長や財団法人気象業務支援センターの部長などを歴任した。現在は国際協力機構(JICA)の海外プロジェクトに従事。コンピューターや電子工学の著書多数。

 

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