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【埼玉】

「旧遠山家住宅」近代和風建築 県内初の国重文に 文化審答申

かやぶき屋根の東棟=川島町で

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 国の文化審議会は十八日、川島町の「旧遠山家住宅」(九棟)を国の重要文化財(重文)に指定するよう文部科学大臣に答申した。県内の重文は七十七件目、建造物は二十五件目。明治以降の近代和風建築では初めてとなる。建物や付属する美術館は遠山記念館として一般公開されている。 (中里宏)

 旧遠山家住宅は川島町生まれで日興証券(現SMBC日興証券)創立者の遠山元一(げんいち)(一八九〇〜一九七二年)が、母親の居宅や遠山家の迎賓館として一九三六年に建てた。

 中心となる建物は、かやぶきの豪壮な農家風建築の東棟(木造平屋約二百六十一平方メートル)、迎賓施設の中棟(同二階建て約百七十八平方メートル)、母親の隠居所である西棟(同平屋約二百四十二平方メートル)の三棟で渡り廊下でつながっている。

 入間市の旧石川組製糸西洋館も手がけた室岡惣七の設計。元一の弟の芳雄が総監督を務め、東京から一流の職人を集め、二年七カ月かけて完成した。

 元一の実家は江戸時代から続く豪農だったが、明治末期に没落して一家離散となり、十六歳で上京。独立して株の現物取引で財をなした元一は、大正になって生家の土地を買い戻し、苦労した母親のために念願の家を建てた。元一に建築を任された芳雄は、関西を中心に当時最高の銘木や石を買い求めた。

 中棟の庭に面したガラス戸の大きなガラスは、アメリカから輸入したもので、古い国産ガラスに見られるゆがみがない。元一の碁友だった元首相の吉田茂が何度も訪れ、大広間から庭を眺めたという。中棟から母親が生活した西棟につながる廊下は、階段一段半分の段差を緩いスロープで結んでおり、当時では珍しいバリアフリーになっている。

 今は入手できない銘木や資材がふんだんに使われ、現在の価値で十八億〜三十億円の工費がかかったとされるが、欄間の彫刻にいたるまで派手な部分はなく、上品で落ち着いた造りとなっている。

 久保木彰一副館長は「住んだのは母親だけだったので、アールデコ調の照明など、ほとんどが建築当時のまま残っており、幸運な家と言える。八十二年前にタイムスリップしたのと同じ状態」と言う。

 遠山記念館は重文指定の答申を受けて、二十五〜二十七日、ふだんは公開していない中棟二階を特別公開する。入館料大人七百円。月曜休館。問い合わせは記念館=電049(297)0007=へ。

 

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