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【埼玉】

<ひと物語>定年後にアマ落語家に 地域デビュー楽しみ隊・浜宮文博さん

自宅で落語を練習する浜宮文博さん=東松山市で

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 「おい、きんぼう、きんぼう」「なんだ、おとっちゃん」。二週間後にゲスト参加する寄席に向けて、東松山市の自宅で古典落語「桃太郎」の練習に励む浜宮文博さん(70)。アマチュア落語家として人前に立つようになって二年。着物姿も様になってきた。

 シニア世代に地域活動の楽しさを発信するため県が昨年結成した「地域デビュー楽しみ隊」の隊員だ。「吾妻亭(あずまてい)ぶん輔(すけ)」の高座名で、地域の高齢者施設や自治会のイベントで落語を披露している。

 昔から落語に親しんできたわけではない。十年前までは自動車部品メーカーのエンジニアとして、仕事一筋の人生を送ってきた。

 ブレーキの設計と実験を繰り返す日々。部品の不具合は人の命に関わるため、常に重圧に襲われた。夢の中でもブレーキの構造を考えるほどだった。

 退職後はばら色の人生が待っている−。ずっとそう思ってきた。でも、仕事から解放されて幸せだったのは半年だけ。ある朝、家でコーヒーを飲んでいると突然将来が怖くなった。「このまま社会で存在感がないまま生きていくのか」

 趣味らしい趣味はなく、就職のために引っ越してきた東松山市には知り合いも少ない。生きる意味に迷い、自宅にこもって哲学書を読みあさるようになった。

 四年ほど前、妻とドライブ中にたまたまラジオから落語が流れてきた。何げなく言った。「俺だってできるかもしれない」。妻はすぐに「やりなさい」と食い付いてきた。

 うまく乗せられる形でプロの落語家が指導する教室へ。話を覚えるところから苦しんだ。十五分ほどの話が一カ月過ぎても頭に入ってこない。二カ月ほどでなんとか覚えると、プロの映像を繰り返し見ながら声色やしぐさを覚えていった。

 デビューは二〇一六年九月。知人に頼まれて嵐山町の高齢者施設で披露した。「駄目でしたね。途中でネタを忘れてしまって」。それでも観客が笑ってくれたのがうれしくて、さらにのめり込んだ。

 昨年は別の施設で二人の孫と「まごとじーじの落語会」を開いた。場数を踏んで少し余裕が出てきたころ「地域デビュー楽しみ隊」の募集を知った。

 「同じ思いを持っている人を少しでも手伝えるようになれれば」。自身も退職後の生き方に悩んだからこそ、伝えられることがある。晴れて隊員になって十カ月。最近は落語を始めたい高齢者を集めて勉強会も始めた。

 持ちネタは五つに増え、地域の知り合いも増えてきた。「今は滑稽話ばかりだけど、いつかは人情話で聞いている人を泣かせたい」。新しい目標が、毎日を充実させている。 (井上峻輔)

<はまみや・ふみひろ> 1948年、徳島県生まれ。大学の工学部卒業後、東松山市に工場がある自動車部品メーカーで定年まで勤務した。現在は28人いる「地域デビュー楽しみ隊」の一員として活動。定年後は落語以外に地域のビデオクラブにも所属し、映像制作も趣味としている。妻と2人暮らし。

 

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