東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

<ひと物語>草の根で平和考える 熊谷空襲を忘れない市民の会共同代表・米田主美さん

うちわ祭りの準備が進む星川の戦災者慰霊之女神像の前に立つ米田さん=熊谷市で

写真

 熊谷市の中心街を流れる星川。川に整備された広場に、長崎の平和祈念像の作者として知られる北村西望が熊谷空襲犠牲者の慰霊のため制作した女神像が立つ。傍らで米田主美(かずみ)さん(72)が静かに語り始めた。

 「熊谷空襲の体験者が年々、高齢化している。私たちが次の世代へ語り継いでいかねば途絶えてしまう。あの日の記憶を風化させてはいけない」

 一九四五年八月十四日の深夜。市上空に米軍の爆撃機約九十機が飛来し、大量の焼夷(しょうい)弾を投下した。旧市街地の三分の二が火の海となり、約三千人が負傷、二百六十六人が死亡した。中でも星川での死者は百人近くにのぼり、市内で最も悲惨な被害が出た場所だ。

 米田さんはその日に生を受けた。市内にあった自宅は焼け落ちたが、母は疎開していた秩父で出産、難を逃れた。特攻隊として出征した父はその年の春、九州上空で墜落死した。幼いころから周囲の大人たちから空襲や戦争の悲惨さを聞いて育った。

 小学校教諭として女手一つで自分を育てた母と同じ道を選び、三十八年間さいたま市で教員生活を送った。定年後は母の介護で熊谷に戻った。

 全国で安全保障関連法案への反対運動が激しくなった二〇一五年。「特定の政党や団体に縛られず、市民の目線で平和について語りあう仲間を増やし、発信していこう」と子育て中の母親を含めた市内の女性四人で「熊谷空襲を忘れない市民の会」を結成。「日本を『戦争ができる国』にしてはならない」との危機感から、国会前の抗議デモに参加したり、熊谷駅前で横断幕を掲げて訴えたりした。

 会の賛同者は故金子兜太さんや熊谷空襲体験者の作家森村誠一さんら百人近くに増えた。熊谷空襲の体験者を招いた講演会や戦跡ツアーなど活動の幅を広げている。

 詩作にも力を入れている。羽生市がことし公募した第十一回ふるさとの詩で最高賞の「太田玉茗賞」を受賞した。「うちわ祭り」と題した詩の後半で、星川で亡くなった犠牲者らへの思いをつづった。

安保関連法案に反対し、横断幕を掲げる熊谷空襲を忘れない市民の会メンバーら=2015年9月、JR熊谷駅前で

写真

   ◇   ◇

観衆の渦の中

十二台の山車が居並び

笛太鼓の音は一斉に

天高く轟(とどろ)く

足元を流れる星川に

戦火を逃れきれなかった人々が眠る

川底の死者と生者が

笛太鼓に導かれ

それは祈りの笛の音色に変わって

天に昇る

 (花井勝規)

<よねだ・かずみ> 1945年8月、熊谷市生まれ。埼玉大教育学部卒。68年、浦和市(現さいたま市)で小学校教諭になり定年まで勤める。2015年に「熊谷空襲を忘れない市民の会」を設立。会は8月18日午後2時、熊谷市緑化センターで講演会「体験者に聞く熊谷空襲」を開く。問い合わせは事務局の米田さん=電090(2491)1263=へ。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報