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【埼玉】

<ひと物語>「世界6大マラソン」完走 不屈の市民ランナー・古市武さん

「世界6大マラソン」完走の記念メダルを手にする古市さん=川口市で

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 二〇一四年の東京マラソン。市民ランナーの古市武さん(78)=川口市=は喜びと安堵(あんど)の表情を浮かべ、ゴールを駆け抜けた。

 当時七十四歳で、前立腺がんの手術を受けたばかり。「レース中に立ち止まりそうになったけど、仲間の応援で力をもらった」。そして日本人男性として初めて、「ワールド・マラソン・メジャーズ」(WMM=世界六大マラソン)すべての完走を果たした。

 WMMはロンドン(英国)、ベルリン(ドイツ)、ボストン(米国)、シカゴ(同)、ニューヨークシティー(同)、東京の六大会。WMM制覇は市民ランナーの大きな名誉だ。

 川口市生まれの古市さんは高校卒業後、プラスチック成形工場で働いた。マラソンの経験はなかった。

 転機は十七年前。妻の麗子さんが卵巣がんになり、五十六歳で亡くなった。遺書には「これからは好きな人生を歩んでください」とつづられていた。闘病生活を支えてくれた夫への感謝の気持ちだった。

 定年退職後の〇三年、市内のスポーツジムに通い始めた。国内のマラソン大会に出るようになり、〇六年のホノルルマラソン(米国)に誘われた。初めてのフルマラソンだ。

 生前の麗子さんとの約束を思い出した。「定年後に夫婦で海外旅行をしよう、って話してた」。それを実現できなかったのが、ずっと心残りだった。ホノルル行きを決め、「一緒に走ろう」と麗子さんの写真を現地に持参。四時間三十五分でゴールにたどり着いた。

 そして次々とフルマラソンに挑んでいく。WMMでは〇八年のニューヨークシティーを皮切りにロンドン、シカゴ、ベルリン、ボストンを走り抜けた。

 前立腺がんの悪化を知ったのは一三年。このとき既に、一四年の東京マラソン出場が決まっていた。「どうしても走りたい」と手術を受けて練習を再開したものの、最初は脚が上がらないほどつらかった。「俺の最後のマラソンになるだろう」と覚悟して本番に臨み、快挙を達成。記録は五時間五十一分だった。

 翌年も大きな出来事があった。ジョギング中に心臓発作を起こし、心肺停止になったのだ。一緒に走っていた看護師による心臓マッサージで、約二十五分後に奇跡的に蘇生。後遺症はなく、ジム通いを再び始めた。ただ、「万が一があるかも」とレース出場は控えている。

 そんなマラソン人生は多くの人に感銘を与えている。川口市が今年に制作した映画「君がまた走り出すとき」で、古市さんをモデルにした人物が物語のキーマンとして登場し、古市さん本人が出演。七月に同市で開かれた「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」で上映された。

 「妻を亡くし、何もやることがなくなった俺をマラソンが支えてくれた。もうすぐ八十歳だけど、またフルマラソンを走る、という夢は持ち続けたい」 (杉本慶一)

<ふるいち・たけし> 川口市生まれ。フルマラソンは66〜74歳に計16回完走し、ベストタイムは4時間26分。映画「君がまた走り出すとき」(中泉裕矢監督)は、寛一郎さんや山下リオさん、松原智恵子さんらが出演。来年2月8日から同市の「MOVIX川口」で上映される。問い合わせは同市産業労働政策課=電048(258)1619=へ。

 

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