東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 埼玉 > 記事一覧 > 8月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【埼玉】

<夏の甲子園>因縁対決 浦学が完勝 5年越し仙台育英下す

スタンドへあいさつに向かう浦和学院ナイン=いずれも甲子園球場で

写真

 因縁の対決を白星で飾った。5年ぶりの甲子園大会で浦和学院(南埼玉)は十二日、仙台育英(宮城)との初戦(2回戦)を、9−0で突破した。選抜王者として臨んだ二〇一三年にも初戦で顔を合わせ、10−11でサヨナラ負け。今年は多彩な投手陣と堅実な守備の全員野球で相手を封じた。3回戦は十六日第2試合で、二松学舎大付(東東京)と戦う。

 一塁側アルプス席は、浦学スクールカラーの赤で統一された応援団でびっしりと埋まった。大声援の中、一回表、佐野涼弥選手(三年)が右中間を破る先制の2点適時二塁打。母の美和さん(45)は「点が奪えてほっとした。少しでも多く点を取って」とメガホンを鳴らした。

 先発した右腕の渡辺勇太朗投手(三年)は序盤から140キロ台後半の直球を連発し、4万人超が詰め掛けた客席にどよめきを巻き起こした。

 渡辺投手の好投を後押しするように三回表、矢野壱晟(いっせい)選手(三年)が右中間へ適時三塁打。さらに上野暖人(はると)選手(三年)への6球目が暴投となり、振り逃げで出塁。矢野選手は本塁に生還した。矢野選手の父、右京さん(42)は「幼いころから甲子園にあこがれていた息子が大舞台で打ってくれて、うれしくてたまらない」と満面の笑みを見せた。

 浦学は七回から継投に入り、仙台育英に得点を許さない。打線は蛭間拓哉主将(三年)の左翼席への本塁打などで八、九回にも計5点を追加した。

 九回裏2死一、二塁、仙台育英の最後の打者を二ゴロに打ち取ると、アルプス席の生徒や保護者らは大歓声を上げ、勝利を喜んだ。

 野球部父母会長の西田弘さん(54)は「投手はもちろん、全員が力を出してくれた。また校歌を一緒に歌わせて」と勝利へ期待を膨らませた。 (山口登史)

写真

<ヒーロー>心磨き直し放った一打 浦和学院3年・矢野壱晟選手

 「わくわくする」と臨んだリベンジ戦。三回無死三塁で、狙い通りのスライダーを振り抜くと、空高く右中間を破る適時三塁打。初めての甲子園球場を駆け抜けた。

 甲子園常連校で鍛えられたいと、福岡から浦和学院に入学した。一年生の秋からレギュラーに抜てき。その分、チームを引っ張ろうという意識を常に持ち続けてきた−はずだった。

 昨秋、森士監督にバッティング練習の準備や食事の片付けなどの雑務を後輩に任せきりにしていたことを指摘された。「おまえが率先してやらなきゃ誰がやる」。自身の行動を振り返り、「どこか甘えがあったのかもしれない」と自分を見つめ直した。

 その日から、寮でチームメートが起きてくる三十分前の朝四時半には、練習場のトイレを磨くようになった。「人が嫌がるような場所を掃除すれば、自分の心も磨かれるはず」

 全員野球で全国制覇という目標から目を背ける選手がいれば、チームを集めて話し合いを重ねた。仲間たちも「新チームに入ってから、リーダーシップを発揮するようになった」と変化に気が付いている。

 次戦の相手は、夏の大会前の練習試合で負けた二松学舎大付(東東京)。「打力のあるチームだけど、投手陣に頼らず、野手が打ち勝ちます」。キリッと見開く大きな瞳は、自律した生活から得たあふれる自信を物語っている。 (浅野有紀)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報