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【埼玉】

<ひと物語>小江戸に昭和の街を 脚本家兼食堂経営・岩澤勝己さん

「一番昭和らしいのはコミュニケーション。店の人と話してもらえば、すぐ分かる」と話す岩澤さん=川越市で

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 「蔵造りの町並み」(一番街通り)を中心に昨年、六百六十万人の観光客が訪れた川越市。一番街通りの南端から西武線本川越駅につながる中央通りは、一九三三(昭和八)年に開通した。昭和の雰囲気漂う中央通りで「大黒屋食堂」を営む岩澤勝己さん(58)は、地元の協議会「川越中央通り『昭和の街』を楽しく賑(にぎ)やかなまちにする会(昭和の街の会)」の会長だ。

 重厚な蔵が連なり、小江戸と呼ばれる一番街通りに対し、中央通りは「看板建築」と呼ばれる昔ながらの店舗が残り、かつては名刹(めいさつ)・蓮馨寺(れんけいじ)の門前町としてにぎわった。

 しかし、現在は県内で最も人通りが多いとされる南のクレアモール商店街や東の大正浪漫夢通り、北の一番街に挟まれ、取り残された印象はぬぐえない。岩澤さんは「口の悪い人には『谷間だ』と言われる」と苦笑する。

 昭和の街の会は、市の地区街づくり推進条例に基づく協議会。中央通りの約二百五十メートルを中心に、昭和の雰囲気を生かした街づくり計画に取り組んでいる。

 川越市で育った岩澤さんは大学卒業後、映画やテレビドラマの脚本家として活躍。二〇一四年、妻の実家の隣が空き店舗になったのを機に、食堂も始めた。蓮馨寺境内は子どものころの遊び場だったが、「店を始めてみて、外からでは分からなかった街の良さに気付いた。町並みや人情を残したい」と思った。

 前身の「中央通り周辺地区活性化検討会」から参加していたが、同年五月に昭和の街の会が発足する際に「検討会で自分なりの考えを話してきたし、やるべきことだと思った」と、会長を引き受けた。

 中央通りは現在、幅員十一メートルだが、一九三六年に策定された都市計画で、幅員二十メートルに拡幅する計画がそのまま残っている。岩澤さんらは昭和の雰囲気を町おこしにつなげようと(1)建物の新築、増改築の際は、町並みとの親和性を大切にする(2)昭和の人情とぬくもりを大切にした商売を行う(3)歩きやすい歩道を実現する−などの「まちづくりの約束」を策定。土地・建物所有者、居住者、事業者約三百人のうち二百十五人から同意を取り付け、今年七月、市条例の地区街づくり計画第一号に認定された。

 今後は市のバックアップを受けて県に道路拡幅の計画を見直してもらい、電線地中化や歩きやすい歩道整備などに向かって協力していく。「若い人に『昭和って逆に新しい』と感じてもらえるようにしたい」と岩澤さん。もう「谷間」とは言わせないつもりだ。(中里宏)

<いわさわ・かつみ> 明治大学在学中から8ミリフィルムで自主映画を制作。ビデオ制作会社を経て1988年、フリーの脚本家に。食堂では昨年12月から月1回、「子ども食堂」も始めた。昭和の街をPRするイベントも多く仕掛ける。9月2日には、蓮馨寺境内で大抽選会やライブ演奏など「昭和の街の感謝祭」を開く。

 

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