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【埼玉】

<ひと物語>観衆目線の技で魅了 片腕のマジシャン・松本崇宏さん

左腕だけでリングを使い、マジックを披露する松本さん=いずれもJR大宮駅前で

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 左腕一本で、リングを付けたり、外したり。巧みな技で観衆を魅了する。さいたま市北区のマジシャン松本崇宏さん(28)は、右腕がないハンディがありながら、県内や東京などで年に約三百回、マジックを披露している。原動力は「障害があることで引っ込みがちになっている人に、何かに挑戦してみようと思ってほしい」との願いだ。

 マジックとの出合いは幼稚園の年長時。デパートで買ってもらったセットで遊び、来客らに披露した。「へえー、何で?」。驚いてもらえた瞬間、マジックに魅了された。

 高校時代、会員制交流サイト(SNS)で知り合った同世代の若者らとマジックの勉強会を開くようになり、皆の技の多さや質に衝撃を受けた。「もっと頑張らないと」と二年生の秋に高校を中退。「多くの人に喜んでもらいたい」とマジシャンとして生きていくことを決意した。

 十八歳の時、試練が訪れる。夏場に高熱を出し、自宅で倒れた。右手を床についた際に腕が腫れ、湿布を張った。湿布を張り替えるときに細菌に感染して細胞が壊死(えし)。右腕の手首と肘の中間から先を失った。

テレビゲームのキャラクターを描いた六面立体パズルなど、松本さんのマジック道具

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 「これからどうしようか。片手だけで何を披露しようか」。入院中に落ち込むこともあったが、真っ先に頭に浮かんだのはマジックのこと。喜んでもらえた瞬間は忘れられなかった。

 右腕を失い、できないことも増えたが、速さでごまかすことをなくしてテンポを緩め、観衆目線に立った分かりやすい演技で楽しんでもらうことを心掛けた。自宅の鏡や自らを撮影した動画で、自分がどのように見えているかを研究。メリハリがつくように取り組んだ。以前は技術だけを磨いていたが、観客の反応を見ながら演技できるようになったことで、「すごーい」と歓声が増えたという。

 演技終了後には「嫌なことがあったけど、片腕でマジックしている姿を見て、自分もやる気が出た」などと直接、声をかけられることも。

 心に残っている言葉がある。昨年の秋ごろ、男子高校生が「一カ月前に父が交通事故で片手をなくし、どうしようかと思っていたけど、片手がなくても大丈夫なんだ」と泣きながら駆け寄ってきた。見た人を元気づけられ「マジシャンとしての生きがいを感じた」。

 死ぬまでマジックをやりたいが、趣味ではない。「人が楽しそうにしていると自分も楽しくなる」。自分自身が楽しむことを心掛け、観衆を元気づけるマジックをかける。 (森雅貴)

<まつもと・たかひろ> 神川町(旧神泉村)生まれ。幼稚園の年長からマジックを始め、高校を中退して本格的にマジシャンの道へ。18歳の時に細菌の影響で右腕の手首と肘の中間から先を失った。SNS上で使っていた「HAKU」という名で活動し、県内や東京都内を中心に年間約300回のパフォーマンスを行っている。

 

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