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【埼玉】

将軍塚古墳の謎に迫る 研究者9人登壇 東松山で12月9日シンポ

4世紀後半の築造と分かった東松山市の「将軍塚古墳」=同市で、本社ヘリ「まなづる」から、昨年2月撮影

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 昨年、四世紀後半の築造と判明した東松山市下野本の大型前方後円墳「将軍塚古墳」(県史跡、全長百十五メートル)。古墳時代前期としては関東有数の規模とされるが、誰が埋葬されたのかは分かっていない。九人の研究者が、同時代の古墳や周辺遺跡との関連などから謎に迫るシンポジウム「野本将軍塚古墳の時代」が十二月九日、東松山市民文化センター(同市六軒町)で開かれる。 (中里宏)

 発掘調査がされていない将軍塚古墳の築造年代については、四世紀と六世紀前後の二説があった。昨年、市と早稲田大考古学研究室が共同で地中レーダー探査などによる非破壊検査を行った。墳形や主体部(埋葬施設)の特徴から、四世紀後半の築造と分かった。

 築造年代の判明で、同時代の反町遺跡(約一・四キロ南)や五領遺跡(約一・二キロ北)との関連が浮上。反町遺跡西隣の高坂古墳群からは県内で唯一、「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」が見つかっており、この地域とヤマト王権との結び付きに注目が集まっている。

 反町遺跡は古墳時代前期の大集落跡で、山梨産の水晶を使った勾玉(まがたま)や、地元の緑色凝灰岩で管玉を作った工房跡が見つかっている。「首長の居館」説もある五領遺跡とともに近畿、北陸、東海地方などの土器が出土していて、広域から人や物が集まる交易拠点だったとみられている。

 シンポジウムでは、これらの遺跡との関連や埋葬された人物、ヤマト王権との関係といった謎に迫る。

 午前十時開会。基調講演や研究発表の後、午後三時からパネルディスカッションがある。参加費無料。東松山市ホームページか電話での事前申込制。

 問い合わせ・申し込みは市埋蔵文化財センター=電0493(27)0333=へ。

 

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