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【埼玉】

<ひと物語>日本の古民家 模型で残す 「哀愁のふるさと館」館長・逸見雄一さん

古民家の模型づくりに情熱を傾ける逸見さん=いずれも秩父市で

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 両腕に収まりそうな小ぶりなかやぶき屋根に、指先ほどの破れたふすまや朽ちかけた戸板。小さな障子を爪で開けると、ミニチュアの仏壇、神棚、布団、畳−。いろりからは本物のように煙が立ち上り、縁の下にはクモの巣が張る。

 国道140号に面した秩父市黒谷の「哀愁のふるさと館」。古民家ばかり約百二十棟のミニチュア模型が並ぶ。「懐かしの日本家屋を今に残したいと思って」。作品を手掛けた館長の逸見雄一さん(66)は話す。

 縮尺は十三分の一から百分の一まで。青森から沖縄までの実物がモチーフだ。医師野口英世の福島県の生家や皆野町の荒れ果てた家屋、かつては豪農だったという京都・伏見の民家「藤原家」など。いずれも実際に足を運んで取材したものだ。

 古民家は持ち主や家族が居住している場合がほとんどで、取材は大抵、難航を極める。何週間も寝泊まりして情報をメモし、寝室や風呂まで写真に撮らなければならない。「模型をつくりたいから上がらせてくれ、では怪しすぎるでしょう」

 足を運んだ回数は最高で十八回。その家の子どもと友だちを遊びに連れて行って親しくなり、ようやく家に入らせてもらったことも。作品づくりをきっかけに、親戚同然の付き合いが続いている家もある。

 逸見さんが模型づくりを始めたのは十八歳のころ。自身が古民家で育ったため、古い日本家屋には思い入れがあった。しかし、実家は雨漏りがひどくなり、取り壊すことに。自らの家を模型として残しておくことにした。

 模型をつくり続けるうち、精巧さのハードルは上がっていく。本物の職人に頼み込み、左官や大工、彫刻とさまざまな技術を習得。格子は細木を〇・一ミリのレベルで組み合わせ、小指大の灯籠を山の石から削り出す。

 そうしてできあがった数々の作品は、東京都内の百貨店や画廊などから引っ張りだこだ。かつては輸送中の破損が気にもなったが、古民家で使われている技法と同じ合わせ積みで組まれた石垣はびくともしなかった。「昔の人の知恵はすごいね。地震にも強いわけだよ」

 ふるさと館の来館者は全国各地から。インターネットを通じて米国やイタリア、中国などから訪れる人もいる。「模型の前で動かなくなる人、涙をポロポロと流す人。いろいろだね」。いま一番の目標は、縮尺二分の一程度の大きな作品を屋外に置き、館の目印にすることという。 (出来田敬司)

<へんみ・ゆういち> 秩父市生まれ。県立秩父農工高校(現秩父農工科学高校)を卒業後、電気機械会社「キヤノン電子」入社。模型づくりに専念するため、同社を退社し、父が経営する精密機械会社へ。1989年に「哀愁のふるさと館」をオープンした。開館時間は午前9時〜午後5時。火曜定休。大人500円。

逸見さんの代表作の京都・伏見の「藤原家」。屋根、柱、ふすまに至るまで精巧そのものだ

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