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【生活図鑑】

年金の歴史と制度疲労 社会の変化に遅れ「つぎはぎだらけ」(No.165)

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 年金記録問題をきっかけに年金不信が高まっています。記録管理だけでなく、制度そのものの分かりにくさも不信の大きな原因です。背景には、年金制度が特権的な人々から始まり、いくつにも制度が分かれていた歴史が関係しています。

 わが国の年金制度は、明治初期の軍人への恩給制度(税金で賄う)で始まり、次に官吏へも恩給が支給されました。さらに、鉄道など現業官庁の職員を対象とした共済組合(労使の掛け金で賄う制度)が設けられました。恩給や当初の年金制度は国に仕える特権的な人々が対象でした。

●共済など制度が乱立

 民間ではわずかに八幡製鉄所(当時官営)や鐘淵紡績など大企業で独自の共済組合を設けるのみで、公的制度はありませんでした。民間を対象とした年金制度は一九三九年の船員保険法(施行は四〇年)、四二年施行の労働者年金保険法までありませんでした。

 それでも対象者は船員と男子工場労働者のみで、太平洋戦争のための輸送船業務や軍需工場での職務を全うさせる目的がありました。さらに、戦意高揚のため、男子事務職、女子労働者を対象にした厚生年金保険法が四四年に成立しました。

 戦後、社会保障制度の重要性が認識され、五四年には現在の厚生年金制度の骨格になる法改正が行われました。このとき厚生年金の財政方式は、当初の積み立て方式から実質的な賦課方式に変わりました。

 続けて、年金制度の対象外であった自営業者や農林漁業従事者なども対象にした国民年金制度が発足。国民皆年金制度が実現したのは六一年のことです。さらに国民共通の基礎年金制度が導入されたのは八六年からでした。今のような姿になったのは、最近です。

●特例ばかりで複雑

 基礎年金制度以前は、公務員の共済組合、会社員などの厚生年金、それ以外の人々の国民年金がそれぞれ独自に運営されていました。支給開始年齢や受給資格年数など仕組みが違っていました。

 基礎年金導入後も、それまでの独自制度と整合性を持たせるために、数多くの経過的な措置(特例)が設けられ、制度が複雑になりました。

 年金制度が、終身雇用制度や女性は家庭を守るといったこれまでの生活のあり方を基本に設計されたため、社会の変化に追いつかず、つぎはぎを余儀なくされました。

 年金は老後の生活の柱。制度が複雑になるばかりか記録管理も信用できないようでは、安心して生活できません。

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