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【スポーツ】

日馬、綱の自覚甘く 土俵生活17年 無念も

 平幕貴ノ岩への暴行問題の責任を取り、横綱日馬富士が29日、現役を引退した。9月の秋場所では9度目の優勝を果たして最高位の意地を発揮したが、10月の秋巡業での愚行が引き金となった。あふれる闘志で熱戦を繰り広げた軽量の横綱。7年前に暴行絡みで引退したモンゴルの先輩横綱朝青龍と同様の引き際に衝撃が広がった。

 横綱としては細身だったからこそ、日馬富士の相撲は人々の心を打った。「丸い土俵の中でただ強いわけではなく、人々に感動、勇気、希望を与える相撲なのかな」。今もその自覚はあるが、もう土俵に立つことはできない。取り口を象徴し、毎日のように口にしてきた言葉「全身全霊」は、35分間の引退会見で最後まで聞かれなかった。

 一番の思い出として挙げたのが、「やっぱり序ノ口で優勝したこと」。初めて番付にしこ名が載った2001年春場所で、90キロにも満たない体で7戦全勝を果たした。当時の経験は「初心を忘れずに今まで頑張ってきました」と17年間の土俵生活の支えになった。

 貴ノ岩や後援者らに改めて謝罪をする一方、「一緒に闘ってきた力士の仲間たちに本当に申し訳ない」とも言った。ここ一番の集中力と「突き刺さるような」と言われた低い立ち合いで演じたいくつもの熱戦。「相手がいての相撲。ライバルにも感謝」と話した通り、好敵手に力を引き出されることも多かった。

 その一人が、安馬時代の10代のころから稽古場で胸を合わせてきた横綱稀勢の里。同じモンゴル出身の先輩横綱、白鵬との名勝負も数多くあった。その白鵬が26日の九州場所千秋楽で「日馬富士を再び土俵に上げてあげたい」と言ったことへの思いを聞かれると、伏し目がちに「その気持ちはうれしかったです」とつぶやいた。

 両肘をはじめ全身にけがを抱えていたとはいえ、金星配給数は歴代2位の40個。会見で何度も「横綱らしく」「横綱として」と繰り返したように、綱を張る責任感こそが、苦境の中で闘い続ける原動力だった。今年秋場所では7場所ぶり9度目の優勝を果たし、長く目標としてきた優勝10回へ向けての意欲を語ったばかり。自身の軽率な行動が原因とはいえ、土俵への未練を問われても「今はこうしたい、どうしたいというのはない」としか言えない姿は、寂しさに満ちていた。 (浅井貴司)

 

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