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【スポーツ】

東大生、夢の箱根路を走る 関東学連1区で13年ぶり出場へ

箱根駅伝の予選会で、ゴールする東大の近藤秀一=10月14日、東京・昭和記念公園で

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 東大生ランナーが13年ぶりに箱根路を走る。第94回東京箱根間往復大学駅伝にオープン参加する関東学生連合の1区に東大の近藤秀一(3年)が起用された。前回、前々回大会も連合チーム入りを果たしたが、補欠で出番はなし。三度目の正直となる今回は、連合チームの主将に就任し、「思い入れの強い舞台で、人の心を動かす走りをしたい」と本番を見据える。 (磯部旭弘)

 10月の箱根駅伝予選会(20キロ)で全体20位の59分54秒と落選校の日本人で最高の成績をマーク。関東学生連合メンバー入りを決めると、11月の1万メートル記録挑戦競技会では29分13秒71と自己ベストを更新した。近藤は本戦出場の選考レースとなるこの二つの合計タイムがトップとなり、出走を確実にした。本戦では1区を希望し、「エースとして、チームの主将として、自分が先陣を切り、流れをつくりたい」と力を込める。

 箱根町に近い静岡・函南町出身。小学3年で陸上を始めると、毎年のように箱根駅伝をテレビや沿道で観戦した。「長距離をやるのであれば、箱根を目指すという意識が自然と心の根っこに植え付けられた」と少年時代から憧れていた。

 国公立大への進学を前提として、陸上が好きな選手が集まる環境で自らを高めようと、静岡・韮山高から1浪の末に東大へ。浪人中も朝夕の走りを欠かさず、5000メートルの自己ベストを更新した。「現役で入った場合よりも一つ上のレベルで大学の陸上に挑戦したい」と意欲が衰えることはなかった。

 現在は週3回の部活動の全体練習、それ以外の日には自主的に走り込むなどの生活を送るが、工学部での実験が遅くまで続き、陸上に充てる時間が減るケースも出てきた。

 それでも、「今までと練習のアプローチが変わってくるので、違った目線でどうやったら強くなるかを考えている」。規則正しく練習することが難しくても柔軟に対応し、実力を磨く。むしろ、「時間が限られているからこそ、効率を求めにいくことができる」と文武両道を貫く。

 レースの臨み方にも変化が出てきた。昨年11月の競技会では事前に立てた順位やタイムの目標に固執し、普段通りに走れなかった。心の乱れが悪循環を招いた反省から、いかに練習で培った力を本番で出し切れるかに集中する。「競技者としての本能に帰結できるような、ざっくりしたテーマを持って臨む」。安定した結果が残せる要因を独特の表現で語る。

 東大生ランナーが箱根路を走れば、関東学連選抜の一員として松本翔(当時1年)が8区を走った2005年以来となる。「東大生の代表という気概も持っている。『東大生だからこんなものだろう』という印象を覆したい」と存在感を放つ覚悟でいる。

◆「3度目の正直」規定変更で可能に

 関東学生連合のメンバーは、10月の予選会で敗退した大学の選手で構成。外国人留学生を除く各校1人の計16人が選出され、予選会と11月の1万メートル記録挑戦競技会の合計タイムで上位10人が出場選手としてエントリーする。

 連合メンバーの選出規定は補欠を含めた本戦登録が1回までの選手が対象だった。1、2年時に補欠として登録された近藤は3年になり本来なら資格を失っていた。しかし今年7月の規定改正で本戦出場経験がない選手に変更され、近藤の出場資格が復活した。近藤のほか、連合のメンバーには第1回大会に出場した東京高等師範学校の流れを受け継ぐ筑波大の相馬崇史(1年)、慶大の根岸祐太(3年)らが名を連ねる。

 桜美林大の田部幹也(3年)は3区にエントリーされ、出走すれば同大初の箱根駅伝ランナーとなる。予選会で敗退したチームの中で最上位の日大・武者由幸監督が指揮する。

<箱根駅伝と東大> チームとして、箱根駅伝に出場したのは1度だけ。1984年の第60回大会で全20チーム中17位だった。2003年からオープン参加となった関東学連選抜チームでは、05年に松本翔が8区で走った。名称が変更された15年以降の関東学生連合チームでは近藤が初めて。

 

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