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【スポーツ】

平昌に挑む 元ラガー迷いを断つ アルペン 日体大3年・本堂杏実(あんみ)

ラグビーからスキーに転向した本堂杏実=長野県・菅平高原で

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 障害者アスリートが白銀の世界で限界に挑む平昌(ピョンチャン)パラリンピックが9日、開幕する。日本代表選手はアルペン、距離、パラアイスホッケーなど5競技の38人で、うち17人が初出場だ。元女子ラガー、最年少17歳、最高齢61歳の3選手が平昌大会に懸ける思いを紹介する。

 慣れ親しんだラグビーボールをストックに持ち替え、雪面を一気に滑降するのが今は楽しい。アルペンスキーの日本体育大3年本堂杏実(21)=埼玉県所沢市=は「障害者スポーツの世界で、てっぺんを取ってやろう」と決意してからわずか1年半で、パラリンピックの切符をつかんだ。

 生まれつき左手の指がなかったが、父勝之さん(48)がコーチのラグビーチームで、幼い頃からプレーしていた。勝ち気な性格で果敢にタックル。「指があれば相手をつかめた」という悔しさの分だけ練習し、高校時代は国際大会の選抜メンバーになった。

 日本代表を目指して日体大へ。1年生の夏にあった大会で最優秀選手に選ばれた。その冬、大学側から「パラリンピックを目指さないか」と打診された。日体大はパラリンピックで活躍できる人材発掘に力を入れ始めており、リオデジャネイロ大会で陸上女子400メートル銅メダルの辻沙絵も在学中にハンドボールから転向した。

 「何の競技で挑戦したいか」。尋ねられた本堂は「スキーは好きです」と答えた。スポーツ万能で、ラグビー以外にも陸上、サッカー、ボクシングを経験。高校時代にスキー検定2級も取得していた。障害者スポーツに抵抗はなかったが、ラグビーへの未練も。「ゴーグルで見えないからいいやって、泣きながら滑っていた時もあった」

 16年10月、育成選手として初めて参加した日本代表チームの海外遠征で迷いは消える。自分より障害の重い選手のほうが速かった。「すごい世界に入ってきた」と心に火が付き、頂点を目指すと誓った。

 アルペンチームの志渡一志ヘッドコーチ(49)は「ラグビーで鍛えられ体が打たれ強い。スピードに乗るのも怖がらず伸びしろがある」と期待する。

 ラグビー部に所属しながら、なし崩しでスキーに取り組んできたが、もう迷いはない。ラグビーは平昌大会後にもう一度だけプレーして、きちんと別れを告げるつもりだ。「たくさん悩んでつらかったけど、パラリンピックに出られたらきっと幸せになると自分に言い聞かせてきた」と本堂。その舞台にもうすぐ立つ。 (神谷円香)

 

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