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【スポーツ】

金藤引退会見 卒業文集の夢、切り開く

引退記者会見で笑顔を見せる金藤理絵=岐阜県庁で

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 7日に現役引退を発表した2016年リオデジャネイロ五輪女子200メートル平泳ぎ金メダルの金藤理絵(29)=Jaked=が16日、岐阜県庁で記者会見し「1年半休んだ状態で、20年東京五輪にたとえ出ることができても(頂点へ向けて)戦えるまでのコンディションに戻すのは不可能」と緊張した面持ちで理由を説明した。

 東海大水泳部の先輩と昨年結婚した金藤は4月の日本選手権を前に「きちんと答えを出さないといけない時期だと思って決断した」という。一方で「さみしい気持ちもある。すっきりしたという感情は生まれていない」と複雑な心境も吐露した。

 最後のシーズンと決めて臨んだリオ五輪後は長年師事した加藤健志コーチ(52)から現役続行を勧められ、揺れてきた。自身が不在だった日本代表が金メダルなしに終わった昨夏の世界選手権の際、加藤コーチから「おまえが出て他の選手を引っ張ってあげたら、また違う結果があったんじゃないか」と言われたという。それでも気持ちをかき立てられず、引退へ傾いていった。

 腰痛に苦しむなど不遇の時期も長かった競技人生を送った遅咲きのスイマー。最も思い出に残ったレースには27歳の時、200メートル平泳ぎで2分19秒65の日本記録をマークした16年の日本選手権を挙げた。今後は岐阜県内で定期的に水泳教室などを行い「選手と指導者の懸け橋になれたらいい」と前を見据えた。

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金藤理絵が書いた小学校の卒業文集の一部

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 「○○○○になって○○○○○○にでることです」。金藤が小学校の卒業文集で将来の夢を書いた一節。肝心の部分は白丸で分からないが、「めざすは金メダル」の言葉に表彰台のイラストも添えられている。

 引退会見後、当時を振り返りながら、答えを教えてくれた。前半の○四つは「水泳選手」、後半の○六つは「オリンピック」だという。「スポーツをしているなら五輪を目指すという固定観念があった。でも、自信がなかった。夢だと言えなかった」。多くの人が夢を語る場である卒業文集でさえ、書くのは恥ずかしい。それほどまでに遠い夢。高校生になって国内大会で上位に入っても「私なんかが目指していると言っていいのか」と思っていたほどだった。

 控えめに大舞台への憧れを抱いていたスイマーは、加藤コーチと出会い、本気で世界一を志すようになった。長身を生かした泳ぎと豊富な練習量で磨きをかけ、飛躍を遂げる。ただ、北京五輪は7位に終わり、ロンドン五輪は出場すら逃した。 

 どん底を味わい、毎年のように競技をやめるかどうか悩んだ。15年の世界選手権。惨敗したことで逆に気持ちに火がついた。「応援してくれる人の記憶に残る最後のレースは、自分が納得したものでありたい」。徹底した泳ぎ込みで自らを追い込んだ。

 迷い、苦しみながらも前に進んだ。心も体も一回り大きくなった。「諦めずに続けた先にすごいことが待っている」。リオ五輪本番前に語った言葉からは、かつての弱々しさは感じられなかった。金メダルを獲得したレースは、多くの人たちの記憶に刻まれただろう。

 実は、あの文集のタイトルは「20才か24才の自分に」。しかし、夢物語を現実に変えたのは28歳を間近に控えた夏。日本の競泳女子では史上最年長の金メダリストだった。「よく頑張ったなって」。諦めなかったからこそ、つかんだ栄光。改めて文集に目を通し、ほほ笑んだ。 (磯部旭弘)

 

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