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【スポーツ】

元日ハム・舟山さん、50歳で高校教諭に 経験生徒に伝える 初の夏は西東京8強

東京都立高校の教諭となって野球部員を指導する舟山恭史さん

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 50歳で東京都立高校の教諭となった元プロ野球選手が、グラウンドに戻ってきた。元日本ハム投手の舟山恭史(やすし)さん。3度目の挑戦で教員の採用試験を突破。今春から都立片倉で教壇に立ち、野球部も顧問として指導。教諭として甲子園につながる地方大会に初めて挑み、西東京大会で8強に進出した。聖地には届かなかったが、自らの経験から生徒たちには「あきらめずに挑戦する大切さ」を伝えている。 (唐沢裕亮)

 「授業の準備や校務、研修の資料作成。ずっと時間に追われている。日々勉強です」。教諭になって4カ月。言葉とは裏腹に舟山さんの表情は晴れやかだ。同校では現代社会の授業を担当するほか、1年生のクラス副担任や硬式野球部の顧問などを務める。

 明大卒業後、1989年のドラフト4位で日本ハムに入団。7年間、プロ野球の世界に身を置いたが、未勝利のまま96年に自由契約となって引退した。

 その後は生命保険会社に勤めた。自らの生き方を見つめ直したのは40歳を過ぎてから。「自分の経験をもっと生かせないか」。職業としての教員を意識した。大学時代に社会科の教員免許を取っており、2011年に成立学園(東京)で講師として再就職。当初は硬式野球部の指導に携わったが、しばらくして部活動から外れることになった。

1年生の現代社会の授業で教壇に立つ舟山さん=東京都八王子市で

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 そんな時期、都の教員採用試験が59歳まで受験できると知った。指導を通じて生徒の人生に良い変化を与えられる仕事にやりがいを覚え、またグラウンドを離れていたことで野球への思いは一層強まっていた。心配する家族の声をよそに「悔いは残したくない」と決意した。

 週末に1日約8時間は机に向かった。独学で臨んだ1年目は一次選考で、予備校に通った2年目は二次選考まで進んだが不合格。そして3度目の挑戦だった昨年10月、倍率9・9倍の関門をくぐり抜けて合格をつかんだ。「挑み続けて良かった」。あきらめない姿勢が実を結んだ。

 「授業だけじゃなく、大好きな野球を通しても生徒と関われる」。ノックバットを握るたびに、うれしさが込み上げてくる。文化祭や体育祭の準備の合間を縫って主に投手陣の指導に当たる。

 野球部は今月の第100回全国高校野球選手権大会、西東京大会で8強に進出した。準々決勝で日大三に惜敗したが、「プロ野球での経験や感じたことが少しは伝えていけたかな」。教諭として迎えた初めての夏、まずはグラウンドで手応えを感じている。

 

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