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【スポーツ】

智弁和歌山・高嶋監督が退任 「仁王立ち」静かに幕

第100回全国高校野球選手権大会の初戦で敗退した智弁和歌山の高嶋仁監督=7日、甲子園で

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 高校野球の甲子園大会で歴代最多監督勝利数の68勝を挙げている智弁和歌山の高嶋仁監督(72)が25日、和歌山市内の同校で記者会見し退任を発表した。24日付で名誉監督に就き、後任の新監督にはプロ野球阪神などでプレーし、同校コーチだった中谷仁氏(39)が就任した。

     ◇

 高嶋監督は豊富な練習量で、智弁和歌山を甲子園大会で優勝3度の強豪に育て上げた。智弁和歌山は1学年の部員が10人(2017年度からは12人)という少数精鋭の方針を取っている。高嶋監督は「3年生になれば、ベンチには入れる。やめられたら困るから、上級生は下級生を思いやる」と言う。アットホームな雰囲気の中で、内容の濃い練習を積んだチームは、甲子園球場で存分に力を発揮してきた。

 夏の甲子園大会を戦い抜くため、地方大会の前は選手たちを徹底的に鍛えた。そして、地方大会の決勝まで勝ち進むと、必ずこう言った。「天国か地獄か。どっちを選んでもええ」

 智弁学園時代の76年春に初勝利を挙げてから、春夏の甲子園大会で68勝を積み上げた。ベンチでの“仁王立ち”が代名詞だった名将が、静かにユニホームを脱いだ。

◆「長いようで短かった」

 退任を発表した高嶋監督の一問一答は次の通り。

 −退任の理由。

 「ノックができなくなったのは大きな要因。この年になるといろいろな病気もある。第100回大会に出場でき、理事長にお願いしていた」

 −指導者生活を振り返って。

 「48年、長いようで短かった。悔いが残っているのは、今売り出し中の大阪桐蔭を倒せなかったこと」

 −印象に残る試合は。

 「智弁和歌山で初めて優勝した(1994年の)選抜大会の宇和島東(愛媛)戦。八回まで0−4で負けていて、ひっくり返した。こういう戦い方をしたらいいと教えてもらった試合」

 −甲子園最多の68勝。

 「よく言われるが、あまり気にしていない。選手が勝ってくれないと増えないから」

 −甲子園とは。

 「帰ってきて、1週間くらいすると震えが出てくる。甲子園に行きたいと思って。“禁断症状”と呼んでいる。そうするとノックに力が出る。その繰り返しだったので、それ以外に考えようがない」

 −高校野球とは。

 「ええ格好すれば、自分の人生そのものかな」

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