東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > スポーツ > 紙面から > 9月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【スポーツ】

岩瀬投手1000試合登板 星野さんと出会い感謝

史上初の1000試合登板を達成し、ファンとタッチを交わすプロ野球中日の岩瀬仁紀投手=28日、ナゴヤドームで

写真

 昨季、日本記録を塗り替えた球界最年長投手がついに桁違いの領域に足を踏み入れた。二十八日に1000試合登板を果たしたプロ野球中日の岩瀬仁紀投手(43)。プロ入り時の監督で、一月に死去した星野仙一さんとの出会いがなければこの日はなかった。

 新人だった一九九九年の開幕戦でプロ初登板。広島に3連打を浴びて1死も取れず降板した。「頭が真っ白になった。1戦目にしてプロでやっていけるのかという壁を感じた」。二軍行きも覚悟した。しかし、星野さんは「あれは俺のミスや」とかばい、二日後に再びチャンスをくれた。

 星野さんだけに恩義を感じているわけではない。初めて抑えを任された二〇〇四年は前半戦で防御率5点台と不振を極めた。それでも就任一年目の落合博満監督は使い続けてくれた。

 精神的なタフさは自分で身に付けた。「きついのが当たり前。それが普通の状態だと考えるようにした」。十六日の巨人戦では998試合目で初めて満塁本塁打を浴びたが、二十四日のヤクルト戦ではバント処理で好守備を見せた。「やられた次が一番大事」と話す。

 それでも今、千の頂に達した岩瀬投手は明言する。「あのとき抹消されていたらこの数字はない」。プロの難しさ、アウト一つの大切さが身に染みた初登板。それは「開き直って、がむしゃらに投げたら結果がついてきた」という2試合目があったからこそ生きた。

 星野さんは晩年、岩瀬投手に会う度に「よくやった。おまえがここまでやるとはな」と褒めたという。おそらく天国から同じ言葉をかけているだろう恩師に、今季限りの引退を決めた岩瀬投手は感謝する。「プロの厳しさを教えていただいた。星野さんが最初の監督で良かった」 (高橋雅人)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報