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【スポーツ】

武豊、果敢に4000勝 JRA通算32年目の達成

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 日本中央競馬会(JRA)の数々の史上1位記録を持つ武豊騎手(49)は29日、兵庫県宝塚市の阪神競馬場で行われた第10レースで1着となり、史上初のJRA通算4000勝(地方、海外を除く)を達成した。

 前人未到の節目の勝利まであと3勝としていた武は、第3、5レースで勝ち、この日8回目、通算2万1235回目の騎乗でメイショウカズヒメ(4歳牝馬)の手綱を取って快勝。セレモニーで「(4000勝は)一つ一つの積み重ねで、それぞれに思い出はあるが、これで終わりではない。騎手としてもっと成長したいと思って頑張りたい」などと話し、ファンから大きな拍手が送られた。

 武は1987年3月に17歳でデビューし、今年が32年目。89年から2008年までの20年で計18度のリーディングジョッキー(年間最多勝)の座を獲得した。05年にはJRA年間最多勝記録の212勝を挙げ、07年には岡部幸雄元騎手が持っていたJRA通算最多勝記録を更新する2944勝をマーク。同年に3000勝、13年には3500勝と勝利を重ねてきた。

 重賞329勝、GI 75勝などもJRA史上最多記録。

◆海外でも100勝以上

 名実ともに「日本競馬の顔」と言える武豊が、JRA通算4000勝の金字塔を打ち立てた。

 兄弟子の河内洋調教師(騎手時代にJRA通算2111勝)は「デビュー時からスタート巧者で馬に負担が少ない乗り方。天才の片りんは見せていた。最初は非力だったが、米国の重いダートや欧州で経験を積み、力強さが出た。与えられたチャンスを生かし切り、自分の力に変えた」と話す。

 1980年代。欧米と日本の間には高い壁がそびえていた。果敢にアタックし89年、米国で海外初勝利。その後も悪戦苦闘の末、ついに壁を乗り越えた。海外でGI 9勝を含む100勝以上を挙げた。世界中のホースマンが「ユタカ・タケ」の名を知っている。

 大スターらしく振る舞いはスマート。競馬界では希有(けう)な存在だ。しかし、口にこそ出さないが、現状に不満もあるだろう。今やJRAのトップジョッキーであるフランス人のクリストフ・ルメール騎手は「誰一人、ユタカさんの後を追わないのはなぜ?」と代弁するかのように言った。

 世界に挑み続け、自身のスキルアップにつなげた。日本競馬のレベル向上への貢献度は計り知れない。来年3月に50歳を迎えるが、ひた走る生きざまこそが彼の存在意義。いつかむちを置く日まで、その目は前を向き続ける。

<たけ・ゆたか> 1987年騎手デビュー。日本中央競馬会(JRA)で最多18度の年間最多勝に輝いたほか、通算最多勝利、通算最多騎乗、クラシック最多勝、年間最多獲得賞金など多くの記録を保持。94年にフランスで日本人騎手初の海外GI 制覇。父は騎手、調教師だった邦彦氏(故人)、弟の幸四郎氏は騎手を引退し、現在調教師。49歳。京都府出身。

 

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