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【スポーツ】

<スポーツ平成進化論>(3)競泳平泳ぎ 技術追究 世界をリード

一昨年1月、男子200メートル平泳ぎで世界新記録を樹立した渡辺一平=東京辰巳国際水泳場で

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 日本競泳陣が五輪で手にした金メダル22個のうち、12個は平泳ぎから生まれた。古くは昭和最初の五輪となった昭和3(1928)年アムステルダム五輪で、鶴田義行が男子200メートルで金メダル。「お家芸」と呼ばれる泳法の系譜は続き、平成最後のリオデジャネイロ五輪では、金藤理絵が女子200メートルを制し、渡辺一平(早大)が五輪記録を更新。日本の平泳ぎを支えているのは、昭和時代から受け継いできた技術の追究と、平成時代に進化した専門的なトレーニングだった。 (敬称略、磯部旭弘)

◆筋力強化に磨き

日本の平泳ぎについて語る高橋繁浩=愛知県豊田市で

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 世界を舞台に活躍を続けてきた日本の平泳ぎ選手。中京大水泳部部長の高橋繁浩もその1人で、昭和から平成をまたいで男子200メートルの日本記録を保持した。昭和53(1978)年に世界ランキングで1位になり、昭和最後の五輪となった昭和63(1988)年ソウル大会で2分17秒69の日本記録をマークした。

 「海外の選手は体が大きいから、受ける抵抗も大きい。体が小さかったとしても(抵抗も小さいので)、ある意味、平泳ぎは相対的に同じような条件でレースができ、テクニカルな部分で勝負できた」

 手で水をかいて加速し、一度減速。足で水を蹴って再び加速。平泳ぎでは加減速を繰り返す動作が続くが、特に脚を腰に引きつける動きは前進を妨げるブレーキになる。キックの蹴り方、手脚を動かすタイミング−。日本選手は抵抗を少なくし、推進力を高めるスタイルを追究してきた。

 昭和62(1987)年に、泳いでいる間に常に頭の一部が水面から出ていないといけないルールが緩和されると、頭を水面下に潜らせることにより、平泳ぎの高速化に拍車がかかった。

 泳ぎが進化する際、鍵になるのはどの時代も技術力。五輪で100メートル、200メートルの連覇を達成した北島康介を、データ分析の面でサポートしていた日体大准教授の岩原文彦が言う。「北島はもともと体がきゃしゃで体力が突出しているわけではなかった。持っているエネルギーを最後まで出し切れるようにする。そのテクニックを磨き上げた」

 平成に入り、北島が活躍した時代には、データ分析など科学の力が技術の進歩を助けられるようになった。北島らが取り組んだのは、ロスになる減速の局面を減らすために、手でかいて足で蹴るなど一連のストロークの数自体を少なくすること。脚を引きつける際に起きる減速の回数を減らすという試みだ。

 北島は、水の抵抗を少なくするため全身をしっかりと伸ばす「ストリームライン」の姿勢に優れていただけに、減速する回数と同様に加速する回数が減っても、スピードが維持できた。「世界一きれい」と称された泳ぎと繊細な技術で世界を席巻し、他選手のお手本になった。

 昭和から平成に入っても技術を突き詰める重要性が引き継がれる一方、指導者としての道を歩む高橋には昭和と平成の違いも見える。

 「体力や筋力がますます洗練されてきた。私のころは2人組になって肩車してスクワットするという時代。今は泳ぐこと以外でのトレーニングのノウハウを多く得ている。水泳もかなりプロフェッショナルになった」

 スピードアップに結び付く陸上での筋力強化にも注目が集まり、ウエートトレーニングなどで身体的な強さを増す取り組みが広がった。岩原によれば、北島も本格的な筋肥大化に着手した。「当時は、エンジンに例えると排気量を大きくするんだという言い方をした。本当に体をでっかくする。北島は体重が約7キロ増え、見た目にも体つきが変わった」

 海外勢に目を向ければ、テンポの速い男子100メートルでは、アダム・ピーティー(英国)が圧倒的な馬力を備え、ストローク数の少ない泳ぎがより効果を発揮してきた200メートルでも、アントン・チュプコフ(ロシア)ら力強く泳ぐ選手が脅威的な存在になっている。

 北島は今の流れに目を見張る。「平泳ぎも時代が変わり、異次元の世界に突入している」。平成が終わりつつある今も、平泳ぎは進化を続けている。

平泳ぎの技術について語る渡辺=埼玉県所沢市で

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◆男子200で世界記録樹立 渡辺「お家芸、五輪で金を」

 現在の男子200メートル世界記録保持者は渡辺一平だ。2017年1月。東京辰巳国際水泳場で2分6秒67の世界記録を樹立した。平成に入り平泳ぎで日本選手が世界記録を打ち立てたのは北島康介、山口観弘に続き3人目だった。

 「平泳ぎは4泳法の中で一番、ストリームラインが大切。だからこそ日本人が世界と戦えている。技術で勝負できるのが良さであり、難しいところでもある」

 北島の泳ぎを熱心に見入り、手を伸ばしてキックを打った後の優れた姿勢を研究した。身長193センチの大型スイマーは、長い手足を生かした大きな泳ぎを武器にし、抵抗の少ない姿勢をたくみにつくる。

 16年のリオデジャネイロ五輪。準決勝で五輪新記録の2分7秒22をたたき出しながら、決勝では6位に終わった。04年アテネ五輪から続いた男子選手のメダル獲得の流れを途切れさせた結果を悔やんだ。スタートやターンなどを向上させようと下半身のウエートトレーニングにも力を入れ、記録更新に結び付けた。日本の伝統を背負う自負がある。世界で初めて2分6秒台に突入したタイムを持ちながら、20年東京五輪を見据え、「2分6秒台ではダメ」と言い切る。2分5秒台に到達するために必要なのは持久力だという。「フォームはある程度固まっているので、これからしっかりと強化したい。『お家芸』と言われる平泳ぎで金メダルを取る目標がある」

 先人が昭和の時代から培ってきた技術に加え、最新のトレーニングで鍛え上げた体で、平成生まれの世界記録保持者が、新たな元号となって迎える東京五輪に挑む。

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