つなぐ 希望の木
災難を乗り越えてきた木々を、都内に訪ねた。
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【TOKYO発】
太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年、川崎市は西部の丘陵地を、空襲からの避難場所や延焼遮断帯となる防空緑地に指定した。一帯は行政の管理下に置かれたことで、戦後も市街地開発や宅地の造成から免れ、豊かな自然が残された。現在の生田緑地だ。(5月6日) [→記事全文へ] [写真]
新緑に包まれる生田緑地。都心方向に目をやれば、薄もやの中に新宿の超高層ビル群が見えた=本社ヘリ「おおづる」から(小平哲章撮影) PR情報
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