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【望 〜都の空から】

水辺(4)横浜港 村から国際都市へ

山下公園、横浜ベイブリッジ、みなとみらい…。夏の日差しを浴びる新旧の観光名所が港ヨコハマの歴史を物語る=横浜市西区上空で、本社ヘリ「あさづる」から(淡路久喜撮影)

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 開港151周年を迎えた横浜港。そこには、小さな村から、「ヒト」と「モノ」が集う国際都市に変ぼうした歴史がある。

 日米修好通商条約(1858年)で開港が決まった「神奈川」。当初、開港場は東海道沿い(京浜急行神奈川駅近く)を想定したが、もっと南よりの街道から離れた横浜村(JR関内駅北東部)に決まった。横浜開港資料館の主任調査研究員・伊藤泉美さんは「外国人とのトラブルを避けるため、辺ぴな村で港を開くことになった」と解説する。

 横浜村は100世帯程度が半農半漁で生活。黒船警備で村に来た松代藩士・佐久間象山は、妻への手紙で「鰯(いわし)漁をしていて、村はにぎやかに見えた」と記述している。

 江戸から明治へ時代は変わる中、外国との玄関口には、ハイカラな文化が続々と上陸。せっけん製造や、パン焼きなどの国内発祥地に。戦後は京浜工業地帯の輸出入の拠点となり、高度経済成長を支えた。

 バブル期のウオーターフロント再開発でできたみなとみらい地区の会議場「パシフィコ横浜」で11月にはアジア太平洋経済協力会議(APEC)も開かれる。国際都市ヨコハマの歴史のページは、いつも港から吹く風がめくる。 (荒井六貴)

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