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【望 〜都の空から】

スカイツリー 北斎の見た富士再び

東京スカイツリーの上方から都心方向を見る。新年の穏やかで澄み切った空気の向こうに富士の雄姿があった=2日、東京都墨田区上空で、本社ヘリ「おおづる」から(中嶋大撮影)

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 徳川家康は、江戸の各地から富士山が望めることに特別な意味を見いだしていたといわれる。「富士見」が「不死身」につながり、末永く幕府に安寧をもたらすと信じていたためだ。

 徳川時代、確かに浅草や本所、深川といった低地でも富士山を眺めることができた。それを証明しているのが、葛飾北斎の「富嶽三十六景」だ。半数近くが現在の東京都内で描かれている。

 北斎は今の墨田区で生まれた。地元では北斎美術館設立に向けた作品収集が進められており、富嶽三十六景も1作品を除き集まった。残りの1作品というのが、皮肉にも、区内で唯一描かれた「本所立川」だ。なぜ見つからない? 同区文化振興財団の五味和之さんは、こう推測する。

 「北斎の地元だけに、刷り出された約200枚のうち大半が本所周辺で売れたはずです。でも、この辺は大火や震災、戦災で何度も焼け野原になった。多くが焼失してしまったのでしょう」

 そんなかつての焦土にスカイツリーが建つ。地元は、長く都心の高層ビルに遮られてきた富士の眺めを取り戻す。ただ、五味さんはこんな願いを口にする。「震災や戦災を逃れて生き残っている『本所立川』を見つけられれば、それこそが『不死身の富嶽』になるのですが…」。北斎美術館は2012年の開館を目指している。 (稲熊均)

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