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【望 〜都の空から】

増上寺周辺 江戸の面影残す緑

東京タワーや超高層ビルに取り囲まれるように広がる増上寺。緑が広がる徳川家ゆかりの古寺は都会のオアシスのようだ=東京都港区上空で、本社ヘリ「あさづる」から(久野功撮影)

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 江戸幕府2代将軍・徳川秀忠と妻・江(ごう)が眠る東京・芝の増上寺周辺を上から眺めると、都立芝公園が緑の円弧を描く。江戸時代は、公園から東側の大門辺りまでがほぼ寺の境内だった。広さは東京ドーム14個ほど。将軍家菩提(ぼだい)寺としての隆盛ぶりがうかがえる。

 建築家の伊坂道子さんによると、現在の千代田区にあった寺がいまの場所に移転したのは1598(慶長3)年。以降、将軍やその子らの霊廟(れいびょう)が次々建設された。江戸時代後期には境内子院が50軒、学寮が80軒にも上り、僧侶は3000人に達した。

 しかし、明治時代には政府が境内の大半を接収し、一帯を芝公園とした。東京府などが公園を経営し、その中で増上寺や子院が併存する状態が戦前まで続いた。寺の建物の一部を政府機関が使用したこともあった。

 1945年、東京大空襲により一帯はほぼ焼失。その後、寺が大殿など主要な建物を再建し、現在に至る。寺の南北の霊廟跡地にはそれぞれプリンスホテルが建ち、現存する霊廟門などが当時をしのばせる。僧侶の佐々木励綱さん(58)は「江戸時代は一般庶民は境内に入れなかったが、今は『開かれた寺』を目指しています」と語る。 (中山高志)

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