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【望 〜都の空から】

五日市周辺 歓声響く秋川渓谷

秋川と緑豊かな山々に育まれる五日市。夏休み本番を迎え、清流に戯れる子どもたちの歓声が聞こえてきそう=東京都あきる野市上空で、本社ヘリ「あさづる」から(坂本亜由理撮影)

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 「あの渋谷がまだ村だったころ、五日市は町だった」。土地の人々は、山里を縫うように流れる秋川に育まれ、市場として栄えてきた歴史に誇りを持つ。

 ヒノキやスギの産地だった檜原村と、古くから街道で結ばれていた。戦国時代末期、檜原の木炭を農家が軒先で売り出したことが、市場の始まり。徳川幕府が、江戸市中と結ぶ五日市街道と、織物業が栄んな八王子とを結ぶ秋川街道を整備すると、五日ごとに材木市場がたつようになった。最盛期には30軒の炭問屋が軒を連ねた。

 材木はいかだに組み立て、木炭を積んで、秋川から多摩川を経由して江戸へ運ばれた。江戸の華といわれた大火のたび、復興需要で町はにぎわった。財を成せば、文化や娯楽に目が向く。旧家に残る蹴鞠(けまり)免許皆伝状は、商人たちの貴族趣味をしのばせる。自由民権運動が盛んな1881(明治14)年には、地元教員の手で「五日市憲法」が起草された。

 木炭産業は衰え、1995年の秋川市との合併であきる野市となり、五日市町の名は消えた。しかし、キャンプ場などがある秋川渓谷は、都心から身近な避暑地として、衰えぬ人気がある。旧五日市町の町史編さんに携わった坂上洋之さん(79)は「清流・秋川は、時代を経た今も五日市を支えてくれています」とありがたがる。 (堀祐太郎)

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