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【望 〜都の空から】

神宮外苑 五輪にかけた情熱

スポーツ施設が集まる神宮外苑一帯。プロ野球の優勝争いが佳境を迎え、ラグビーの熱戦に歓声が上がるころ、イチョウ並木が色づく=本社ヘリ「あさづる」から(川柳昌寛撮影)

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 国立競技場の中央門の左右で、クーベルタン男爵と嘉納(かのう)治五郎の記念碑が向き合っている。日本初のオリンピックが東京で開かれた1964年、嘉納の創設した日本体育協会などが建てた。「近代五輪の父」と「柔道の父」。2人が五輪にかけた情熱と理想を知れば知るほど、重なる部分の大きさに気付く。

 「幻の東京五輪」。国際オリンピック委員会委員の嘉納が誘致に成功した1940年の大会だ。嘉納は「五輪大会は世界の文化の発展と平和に貢献するものである」と欧米以外での初開催を求め、受け入れられた。五輪史に詳しい筑波大の真田久教授は、嘉納の理想が「柔道で形成された武道精神とオリンピック精神の融合だった」と言う。

 しかし、嘉納が死去すると、政府は日中戦争を理由に開催を返上した。国立競技場の前身、神宮外苑競技場では、1943年に降りしきる雨の中、関東77校の出陣学徒壮行会が挙行された。

 「戦後復興」の象徴として、神宮外苑競技場は国立競技場となり、東京五輪のメーン会場になった。いま再び2020年夏季五輪招致を視野に、国立競技場の建て替えが検討されている。次の東京五輪があるなら、東日本大震災からの復興に加え、嘉納の理想を実現する機会にしたい。 (築山英司)

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