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【栃木】

「木版画の詩人」川上澄生 水彩画2点を鹿沼市に寄贈

佐藤市長(右から2人目)に作品を寄贈した友の会関係者=鹿沼市役所で

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 宇都宮中学校(現・宇都宮高校)の元教師で版画家の川上澄生(すみお)(一八九五〜一九七二年)が十〜二十代のころに描いた水彩画二点を、鹿沼市立川上澄生美術館友の会が入手し、鹿沼市に寄贈した。制作を本格化させる前の若かりしころの水彩画が同館の収蔵品に加わるのは初めて。二点は四月一日に始まる企画展で展示される。 (小川直人)

 同館によると、川上は横浜生まれ。二十代後半に差しかかった一九二一年から宇都宮中学校で英語の教師を務め、このころから本格的な木版画の制作を始めた。戦中に退職して北海道に一時疎開したが、再び宇都宮に戻り、戦後は「南蛮」「文明開化」を主題に、多くの作品を生み出した。文才にも優れ、ときに「木版画の詩人」と称される。

 宇都宮中学校時代に川上の教え子だった鹿沼市出身の故・長谷川勝三郎(かつさぶろう)氏が生涯にわたり川上の作品を収集し、これらを鹿沼市に提供した縁で同館ができた。

 今回寄贈された二点は、友の会が古書店を通して入手した。いずれも川上が十〜二十代のころの作品という。

 「美久土利亜(ビクトリア)市チャーチ・ヒル」は、川上が宇都宮で教壇に立つ前に滞在したカナダ・ビクトリアを描いた絵で、大正時代の作品とみられる。

宇都宮中学校で教師をしていた1920〜30年代の川上澄生

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 「INFERNO(インフェルノ)」は「地獄に落ちる南蛮人」と裸婦をモチーフに描いたとみられ、「日本/劉吉(りゅうきち)」のサインがある。川上は十代から二十代前半まで「平峯(ひらみね)劉吉」のペンネームを使っていた。

 同館は版画を中心に川上の作品や関連資料など約二千八百点を収蔵している。このうち水彩画は数十点しかなく、平峯劉吉時代の作品としては初めてとなる。

 鹿沼市役所で贈呈式があり、友の会の福田康行会長が佐藤信市長に作品を手渡した。福田会長は「若いころの作品が見つかるのは珍しい。市の宝の一つに加えてもらえたら」とあいさつ。佐藤市長は「貴重な作品だ。川上について理解を深めてもらえるよう活用していきたい」と感謝した。

 

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