東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 栃木 > 記事一覧 > 3月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【栃木】

福島慕う心 変わらない 県内避難者の会が下野で交流続く

定例会で昼食をとる避難者たち=下野市で

写真

 2011年の東日本大震災や東京電力福島第一原発事故で、福島県から栃木県内へ避難してきた人々が、下野市で定期的に集い、交流を続けている。震災翌年から集まり始めて6年。時の経過とともに栃木の話題が増えてきたが、ふるさとを慕う心、互いの絆は変わらない。 (北浜修)

 今月八日、市内のコミュニティセンターに四十人余りが集まった。避難者でつくる「ふくしまあじさい会」の月一回の定例会だ。

 この日は、会の旅行で福島県内の観光施設を先月訪れた際の写真をスクリーンに映して楽しんだ。カラオケに興じるメンバーがアップになると、笑い声や拍手で大いに盛り上がった。その後、昼食もともにした。

 同会は一二年六月に発足した。南相馬市から下野市に避難した佐々木正教さん(81)が一一年六月、地元ボランティア団体の協力を得て始めた避難者の交流会が母体となった。今は家族らと暮らす佐々木さんは、会長を務める。

 佐々木さんによると、会の存在は口コミなどで広がり、登録する会員は下野市を中心に栃木県内各地に避難している九十五人。

 このうち毎月第二木曜に開く定例会に集まる中心メンバーは四十五人ほど。年齢層は六十〜七十代が多いという。佐々木さんは「平日開催なので、仕事がある人は来られない」と話す。

 会の発足から間もなく六年。避難者らが、思う存分福島弁で福島のことを話して盛り上がる集いから、ゲームや旅行などの催しや企画などを通じて、交流する場へ変わりつつある。

 双葉町から下野市に家族らと避難し、会の事務を担う志賀仁さん(68)も、時間の経過とともに交流の様子が少しずつ変化していることを感じている。「会の発足から一、二年は福島の話で盛り上がったが、最近では身の回り(栃木県内)の話が多くなってきた」

 佐々木さんは「(栃木県内に)就職したり、住まいを構えたりする人も出てきている」と避難者たちの現状を説明する。

 A4判の紙一枚の会報には毎回「絆 きずな ふるさとへ」と書いてある。故郷を慕う心や絆は、いつになっても、どこにいても変わらないという思いが込められている。

 佐々木さん、志賀さんの二人は「会はこれからも続けていく」と力強く声をそろえた。

◆県内避難者2901人 福島からが97%

 県の二月末時点のまとめによると、岩手、宮城、福島、茨城の四県から計二千九百一人が栃木県内に避難している。最も多いのは福島の二千八百五人で、約97%を占めている。

 避難者数は、最も多かった二〇一二年同期の三千百九十七人と比べ、約9%少ない。昨年同期比では八人減で横ばいとなっている。 (北浜修)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報